破墨  高橋桃衣 著

haboku
角川書店
2013年6月30日発行

含み笑いする通草、雨を呼ぶ枇杷、えらそうな鶏頭、
不機嫌な山、積もる月光、逸筆が描いた造化の様相。
ガラスを磨く月光、流れゆくビル、音痴な信号、
銀河まで響く靴音、詩ごころと機知が把えた都会の一刻。
虫籠とワインバー、銭湯とファゴット、伝統と現代の配合。
あらためて自然と生活を見直したくなる句集。
西村和子 (帯文より)

きしきしと月光がガラスを磨く
虫籠を鏡の前にワインバー
木枯や母の繰言呪文めく
信号のメロディ音痴春の昼
鶏頭はえらさうな花鈍な花
野次馬へ風向変はる近火かな
冬麗の富士不機嫌な伊吹山
渇筆の様に流れし星ひとつ
栗の毯踏む踏む心晴れるまで
華奢といふ文字ははなやか一葉忌
土地を売る机一つや梅雨晴間 (本書より)

見返り峠   小林月子 著

mikaeri
角川書店
2013年1月25日発行

甘んじて仕事人間啄木忌 月子
月子さんは何事にも一途で真っ正直な人だと思う。
「仕事人間」は、その一面である。

婿さんは馬鹿か利口か初笑 月子
そして、俳句という表現方法を手に入れたことで彼女の人生に、
ゆとりと楽しさが加わってきた。
「婿さん」に対する暖かい視線が、それである。
行方克巳(帯文より)

真ん丸の目をして木の実見せにけり
パソコンてふ化物を飼ひ梅雨寒し
ビール酌む夫の友達好きになり
歩くより遅い駆けつこ天高し
我が娘ながら水着のまぶしさよ
枯野行く黒犬のまだついて来る
春眠や覚めて物音一つなく
婿さんは馬鹿か利口か初笑
防人の見返り峠日脚伸ぶ
冷房を入れぬラーメン屋の団扇
甘んじて仕事人間啄木忌
おでん酒男も人の噂ばかり(行方克巳 選)

ウェルカムフルーツ  天野きらら 著

welcom
角川書店
2013年1月13日発行

料理が得意な人は俳句も上手い
ありふれた材料の本質をよく知り
切りこみと切り取りが鮮やか
味付けに工夫がこらされ
仕上りも手際よく勢いがある
伝統を我がものにした上で
時には冒険もする
スパイスをぴりりと効かす
美味しいものを味わうように楽しめる句集
西村和子(帯文より)

春の馬水の力を得て跳ねよ
の腰に剣を佩く構へ
秋風や見知らぬ人に手が触れて
板チョコが食べたくなりぬ秋の空
紙燃やすほどの静けさ春の雪
瞼なき魚も眠れる春の雨
おーんおーん耳成山も青嵐
赤い秤青い秤やべつたら市
ラガーらの下唇が息を吐く
海の話してくれさうな大夏木
電線の傾いてゐる田植かな
からつぽの空を仰いで啄木忌(自選12句)

シノプシス  鈴木庸子 著

synopsis
ふらんす堂
2012年11月3日発行

シノプシスとはシナリオのあらすじ。
人生を意識した時俳句と出会った作者にとって、
一句一句は歳月の紛れもない本音。
句集は折々の思いを刻みつけた記念碑に似ている。
あるがままを、多彩に、思い切りよく披瀝した作品の数々は、
未知のシノプシスへとつながっていよう。
西村和子 (帯文より)

冬枯れの路地裏歩くことも旅
望月の真赭の道を湖にのべ
身に入むや十年留守の母の部屋
満々と水を湛へて蜻蛉の眼
白梅は錆び紅梅は褪せにけり
かたまつてゐて傷ついて青くるみ
それはもう光のかけら柿若葉
忘れ潮にも秋風のしじら波
桜えび入り海風のスパゲッティ
葱刻む後ろ姿の母は吾 (自選10句)

揺るぎなく  大塚次郎著

yuruginaku
角川書店
2012年9月27日発行

科学の知性と、俳句の感性。
教師の視線と、父親のまなざし。
まだ若い心と、すでに若くはない思い。
思いきった見たてと、老練な表現。
その豊かな幅は読む者を大いに楽しませてくれる。
西村和子(帯文より)

そら豆しかないそら豆があればいい
公魚やひかりが音をたててゐる
寒鯉の黒糸縅揺るぎなく
足跡の先に吾子ゐて秋の浜
山頂に生徒を数ふ雲の峰
吐く息をひとかたまりにラガー組む
縋るとも慈しむとも秋の蝶
受験子のマスクの四角張つたまま
雪渓の鱗あらはに横たはる
かさぶたになりかけてゐる冬夕焼
半袖をさらにまくつて運動会
満開の躑躅の色に疲れけり (本書より)

雛の家  中村日出子著

hinanoie
ふらんす堂
2012年1月11日発行

俳句との出会いによって、
日出子さんの豊かな人生経験や興味や文学意識が、
一挙に花開き結晶した。
彼女の季題発想は自在に時空を超越する。
俳句はつくづく体験がものを言う文芸であることを思わせる、
滋味あふれる作品集。
西村和子 (帯文より)

身綺麗にありたし老いの初鏡
出張の父の鞄の山葵漬
あんぱんの臍にありけり春の色
風の色光の色の新茶かな
水馬跳ばざれば水古りにけり
吾を撃つ飛行士が見え夏真昼
朝顔のひしやげてこぼす雨雫
秋まつり綿菓子といふ空気買ふ
思ひきや夫なき家の虫の夜
柚子湯して仏のごとき母洗ふ (自選10句)

雛あかり  黒木豊子 著

hinaakari
本阿弥書店
2011年1月15日発行

豊子さんの俳句には、雛の間のほの明りにも似た
やさしさと華やかさ、そして凛としたきびしさがある。
それは、彼女の人となりから自ずと醸し出される魅力なのだろう。
行方克巳 (帯文より)

蝌蚪の尾の生き抜く術を知つてをる
面差しのよく似て男雛眉の濃し
鶯にマイクロフォンのつけてある
十薬の涙のごとき莟あげ
蝉時雨暑を掻き立ててゐるごとし
扇づかひ時にせはしくゴヤを見る
歩みふと止め空蝉となりたるか
吹き溜りあれば馳せ来る落葉かな
カーテンを開けて貰ひて秋惜しむ
納め句座明日より主婦に徹すべく (自選10句)

青丹よし  原 川雀 著

aoniyoshi
ふらんす堂
2010年11月13日発行

企業の四十五歳研修で俳句と出会った頃、
川雀さんにとって俳句は絶好の気分転換だった。
あれから二十年、俳句は最高の心の拠り所となった。
奈良における歳月が、その結びつきを深めたのだ。
西村和子 (帯文より)

様々の影及びけり春の水
畦を焼く唐招提寺煙らせて
山桜西行庵へ深し
きりぎりす戦争少し知つてゐる
行く夏の百済観音菩薩かな
体中の芯に火の玉秋立ちぬ
この秋の愁ひともなく阿修羅かな
笛の音の新薬師寺へ月の路地
金曜の彼彼女らに落葉降る
流れ星父に抱かれて眠る子に (自選10句)

平生  石本せつ子 著

heisei
ふらんす堂
2010年11月7日発行

平生』には、夫君の病気に心を砕き、誠心誠意看病につとめる
妻としてのせつ子さんがいる。
また、自分のいまを静かに見つめる一人の女性がいる。
海外をはじめ吟行旅行の日々も、せつ子さんの人生の一齣一齣である。
そんな普段の生活が、明るいタッチで描かれている。
平生の中にこそ詩があるというべきだとう。
行方克巳 (帯文より)

ムーミンの顔して眠り春の河馬
日焼せるモンタンに似し運転手
吾ながら素直な顔の初写真
秋澄むや心が毀れさうなとき
黙々とロングシュートを卒業子
噴水の鉄の河童の踊り出し
ひと雨の過ぎて虫の音入れ替り
滞るものそのままに冬の水
悪妻も磨きかかりぬ初鏡
春宵のカサブランカよボガードよ(行方克巳 選)