行方克巳・西村和子共著
『名句鑑賞読本 藍の巻』
2014/6刊行
代表俳人25人250句に見る人間ドラマ、時代背景を確かな鑑賞眼で解く。
俳句は一瞬の直感を写実的に表現する最短定型詩。作品の長所を指摘しつつ、25人の俳人の生きた時代と人生を、二人の著者がそれぞれ違った視点から読み解く。愛誦句をもつことの幸せを説く鑑賞と実作の手引き。
客観写生にそれぞれの個性を
代表俳人25人250句に見る人間ドラマ、時代背景を確かな鑑賞眼で解く。
俳句は一瞬の直感を写実的に表現する最短定型詩。作品の長所を指摘しつつ、25人の俳人の生きた時代と人生を、二人の著者がそれぞれ違った視点から読み解く。愛誦句をもつことの幸せを説く鑑賞と実作の手引き。
東西古今の文芸に心を遊ばせ、
旅に料理にお洒落に五感を磨き、
常に仲間の先頭切って歩む素敵な女性。
外界への視野はさらに幅広く、
内面への凝視はいよいよ深く、
第三句集に至って人生の本音があかされた。
俳句の恩寵もさることながら、
真の贅沢とは何かを教えられる句集。
西村和子(帯文より)
パイ焼かん卓の林檎のよく匂ひ
海渡る蝶のごとくに真葛原
蜆舟二葉泛べて嫁が島
耕人に尋ね神魂の社みち
朝焼のユングフラウをわが窓辺
ひとり居の少し紅濃く初鏡
盲ひゆくごとく虫の音細りゆく
教へ子も今はともがら初句会
秋深し男女の機微に疎けれど
レースまとふ今ひとたびの贅もがな
(西村和子 選)
据ゑられし卒寿の母の蜜柑顔 隆右
蜜柑顔とは何と可愛らしくつややかなお母さんだろう。
90歳を過ぎて一人暮らしのその母上が、いまや、
俳句の道をひたすら歩む作者の心の拠りどころ。
ますます高い志をもって遠いはるかなこの道を
歩んでほしいと私は思う。
行方克巳(帯文より)
役どころなりの品なり賀茂祭
鬱の虫背広に飼ひて梅雨長し
交渉の黙続きをり枯野ふと
据ゑられし卒寿の母の蜜柑顔
仲見世の日本切り売り秋暑し
しぐるるや俯き帰る豆剣士
ラーゲリに句会ありけり鳥帰る
手の届くものは要らざり雲の峰
キツツキのモールス信号荘トヂヨ
柿熟れてこの家も婆の一人らし
甚平や急かず怒らず羨しまず
職退きて避暑地に交す世事人事
(自選12句)
谷川邦廣さんは、
工学博士にして猫語をもあやつる。
世界のどこに行っても猫は友達だ。
ときにごきぶりとも誼を通じるらしい。
邦廣さんの目から見た俳句の世界の広がりは
新しい刺激に充ちている。
行方克巳(帯文より)
んにやんと鳴いて出て行き春の猫
初芝居工藤祐経好きになり
コルドバの浴場跡に猫昼寝
街薄暑IDカードぶら下げて
水蛸のはりつく独房の硝子
業平忌我が猫トラの忌なりけり
ごきぶりは俺の友達妻の敵
秋晴や白目の光るインド人
てかてかに河馬を塗り上げ秋の雨
革命と数学と恋パリー祭
(行方克巳抄出10句)
俳句大好き人間の美森さん
今日もいそいそと吟行の旅へ出かけて行く。
そしてその心の中にはいつも御主人がゐる。
五七五の旅を終ると美森さんはまたいそいそと家に帰ってゆくのである。
行方克巳(帯文より)
首から顔顔から首へ汗拭ふ
夕月や一升瓶に薄活け
絹莢の色そのままに卵とぢ
滑走路灼けふんはりと着陸す
旅にして夫の声なき朝寝かな
左手で出来ることして冬に入る
三日はや手持ち無沙汰やミシン踏む
剪定のひと声かけて枝落とす
もてなしの頃合嬉し夏料理
止まるまで待てばわが手に赤蜻蛉(行方克巳 選)
選ぶとは選ばないこと。
あぶない幻影にそっと寄りそってみる。
それはまるで、フライングぎりぎりのまぶしさ。
合せ鏡に映った影は、虚実皮膜の真実かも
行方克巳 (帯文より)
沈むとも浮くとも思ふ春の月
みそつかすなりに駆けゆけ雲の峰
猫の子や選ぶとは選ばないこと
危ふきに近寄つてみる春の宵
フライングぎみのまぶしさ更衣
この星の舳先に立ちて夕焼見む
風のいま転調したり水の秋
秋の暮合せ鏡に何かゐる
秋の暮母さんは叱るだらうか
恋といふ至上命令鳥交る (行方克巳 抄出)
含み笑いする通草、雨を呼ぶ枇杷、えらそうな鶏頭、
不機嫌な山、積もる月光、逸筆が描いた造化の様相。
ガラスを磨く月光、流れゆくビル、音痴な信号、
銀河まで響く靴音、詩ごころと機知が把えた都会の一刻。
虫籠とワインバー、銭湯とファゴット、伝統と現代の配合。
あらためて自然と生活を見直したくなる句集。
西村和子 (帯文より)
きしきしと月光がガラスを磨く
虫籠を鏡の前にワインバー
木枯や母の繰言呪文めく
信号のメロディ音痴春の昼
鶏頭はえらさうな花鈍な花
野次馬へ風向変はる近火かな
冬麗の富士不機嫌な伊吹山
渇筆の様に流れし星ひとつ
栗の毯踏む踏む心晴れるまで
華奢といふ文字ははなやか一葉忌
土地を売る机一つや梅雨晴間 (本書より)
和歌の世界の先入観や類想に囚われることなく、春、夏、秋、冬、ただ過ぎに過ぎゆく折々のおもむきの粋を、簡潔な文章で書きとめた清少納言の「枕草子」を、季語という視点から読み解く。
小豆粥―新年最初の望月
雪―香爐峯の雪
雪解け―残雪をめぐるやきもき
春は曙―日本人の美意識
紅梅―行成も認めた才気煥発
雪月花―当意即妙
桜の造花―関白道隆の趣向
花盗人―機知に富む応酬
桜襲―幸福の絶頂
春の炉―誤解を解いたわざ〔ほか〕
甘んじて仕事人間啄木忌 月子
月子さんは何事にも一途で真っ正直な人だと思う。
「仕事人間」は、その一面である。
婿さんは馬鹿か利口か初笑 月子
そして、俳句という表現方法を手に入れたことで彼女の人生に、
ゆとりと楽しさが加わってきた。
「婿さん」に対する暖かい視線が、それである。
行方克巳(帯文より)
真ん丸の目をして木の実見せにけり
パソコンてふ化物を飼ひ梅雨寒し
ビール酌む夫の友達好きになり
歩くより遅い駆けつこ天高し
我が娘ながら水着のまぶしさよ
枯野行く黒犬のまだついて来る
春眠や覚めて物音一つなく
婿さんは馬鹿か利口か初笑
防人の見返り峠日脚伸ぶ
冷房を入れぬラーメン屋の団扇
甘んじて仕事人間啄木忌
おでん酒男も人の噂ばかり(行方克巳 選)
料理が得意な人は俳句も上手い
ありふれた材料の本質をよく知り
切りこみと切り取りが鮮やか
味付けに工夫がこらされ
仕上りも手際よく勢いがある
伝統を我がものにした上で
時には冒険もする
スパイスをぴりりと効かす
美味しいものを味わうように楽しめる句集
西村和子(帯文より)
春の馬水の力を得て跳ねよ
の腰に剣を佩く構へ
秋風や見知らぬ人に手が触れて
板チョコが食べたくなりぬ秋の空
紙燃やすほどの静けさ春の雪
瞼なき魚も眠れる春の雨
おーんおーん耳成山も青嵐
赤い秤青い秤やべつたら市
ラガーらの下唇が息を吐く
海の話してくれさうな大夏木
電線の傾いてゐる田植かな
からつぽの空を仰いで啄木忌(自選12句)