行方克巳第一句集
『無言劇』
1984/2/25刊行
東京美術
昏れそめて明るき中のヨットかな
着いてすぐ風の迷子の雪ちらつく
斑野の暮色に灯す踏切よ
あめんぼう一人みてゐて日曜日
蟻の道見てをり椅子の背ナ抱へ
葱提げて帰る教師の顔のまま
恩愛の菊人形の主従かな
短日の白墨は折れ易きかな
ひとすじの蜘蛛の糸垂れ蟻地獄
汗のてのひらを泳がす無言劇
~あとがきより~
昭和40年ごろから58年までの清崎敏郎先生の御選から382句を選んで一本とした。
性来のなまけ者で、きちんとした作句年月日など確かめるすべもない。なんとなく並べてみて、われながら恥ずかしい限りなのだが、とにかくこれが私という人間のたましいの履歴なのだと考えざるを得ない。そして明日の己れを信じて行くより仕方がない。それにつけても、俳句を通じてかけがえのない師やよき友人にめぐりあえた幸せを今、しみじみと思うのである。