◆特選句 西村 和子 選
シャッターの降りしままなり梅雨晴間
箱守田鶴
【講評】久しぶりの「梅雨晴間」に買い物に出かけたところ、シャッターを降ろしたままの店に気づいたのでしょう。今年詠まれた句なので、新型コロナウイルス感染拡大防止のために営業自粛をしている店や、それに伴う経営難で閉店を余儀なくされた店のことが連想されます。もちろんそのような状況を無理に読み取る必要はありません。「梅雨晴間」の明るさとシャッターを降ろしたままの店とのコントラストが効いています。(井出野浩貴)
仕切り屋の姉に任せてかき氷
森山栄子
【講評】「みんな、小豆でいいわね。あ、〇〇ちゃんは莓だったわね」というような声が聞こえてきます。性格は何十年経っても変わりません。かき氷くらいのことですから、みんな「まあ、いいか」と苦笑し、姉に任せる気楽さを楽しんでもいるのでしょう。季語「かき氷」が場の雰囲気や「仕切り屋の姉」の人物像を語っています。さりげなく置かれた季語がよく働いています。(井出野浩貴)
ソーダ水負けず嫌ひでありし頃
田中優美子
【講評】「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)はこの季語の特性を見事に活かした句ですが、この句を詠んだとき風生は六十代でした。実際には若い頃は楽しいことばかりではないということを、この句の「負けず嫌ひでありし頃」は語っています。「ありし」という過去形が、過ぎゆく青春を振り返る気配を漂わせています。「ソーダ水」の泡のように、みんな消えていくのでしょう。(井出野浩貴)
林間学校シスター袖をたくし上げ
奥田眞二
【講評】ミッション系の学校でしょうか。シスターが肌を人目にさらすことは通常はまずないことと思われますが、林間学校ということで、袖をたくし上げてテントを張りや飯盒炊爨を生徒と一緒にしているのでしょう。「林間学校」は、類想から抜け出すのが難しい季語ですが、観察の目が利いた新鮮な句となりました。(井出野浩貴)
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな
小山良枝
【講評】こういうこと確かにあるなあと読み手に思わせてくれます。意外に詠まれていない場面で虚を突かれました。麦茶もペットボトルで買う家庭が増えていますが、この句の「少し足らざる」からは、家で煮出して冷やしたものではないかと想像されます。過不足のない言葉運びで「麦茶」と、「麦茶」の出される場面を巧みに表現しています。(井出野浩貴)
夏空の遠く夏潮なほ遠く
田中優美子
【講評】リフレインが寄せては返す波の音を思わせ、内容と一致して効果を上げています。この句は今年詠まれたことで、実際には違うのかもしれませんが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために閉鎖された海水浴場を思わせます。やがて疫病の記憶が薄れていったとしても、青春時代の「夏空」「夏潮」を詠んだ句として鑑賞できるはずです。すなわち、普遍的な詩情がこの句には宿っています。(井出野浩貴)
観音も病み上がりなり梅雨晴間
黒木康仁
【講評】人を苦しみや災厄から救ってくださるという観音様のお顔が「病み上がり」のように見えたというのです。「病み上がり」だからこそ、いっそう慈愛に満ちているのでしょう。「梅雨晴間」も人をほっとさせてくれという点で、慈悲深い観音様と響きあうようです。新型コロナウイルス蔓延の今年であればなおさらです。(井出野浩貴)
◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句
なすび漬庫裡の板の間磨きあげ
小野雅子
烏賊干してひときは沖の青さかな
森山栄子
小満や昨日と違ふ山の青
深澤範子
大いなる蝶羽撃かせ夏の雲
藤江すみ江
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る
山田紳介
足もとの闇這ひのぼりビヤホール
小野雅子
遠野郷かなたこなたに懸り藤
深澤範子
木下闇沼の匂ひの何処より
小山良枝
水溜まりみたいな釣堀金魚釣る
箱守田鶴
模擬試験始まりぬ汗ひかぬまま
島野紀子
古書店の間口一間夏の月
緒方 恵美
夏衣真一文字にルージュ引く
鏡味味千代
(夏衣真一文字に引くルージュ)
「引くルージュ」は名詞句、「ルージュ引く」は動詞句。後者の方が臨場感があります。
雨受けよ光放てよ夏木立
田中優美子
幾条の地層晒して滝落つる
飯田 静
(幾千の地層晒して滝落つる)
涼しさや点されてゆく滑走路
小山良枝
夜濯の母の二の腕仄白き
松井洋子
自らの影と知れるか蜻蛉は
藤江すみ江
(自らの影と知りしか蜻蛉は)
「知りしか」は「知っていたのか」、「知れるか」は「知っているのか」。この句の場合は現在形で表現したほうがよいでしょう。
外に出ても同じ暗さや梅雨の寺
矢澤真徳
(外も内も同じ暗さや梅雨の寺)
「も」があれば、「内」は不要です。
梅雨落暉赤城の山に抱かれて
千明朋代
梅雨深し水滴伝ふジャムの瓶
飯田 静
島人と間違へられし日焼かな
小山良枝
(島人と間違はれたる日焼かな)
原則として「間違ふ」は自動詞、「間違へる」は他動詞として使いましょう。
我が町の上を空路や夕薄暑
飯田 静
(我が町の上に空路や夕薄暑)
助動詞「を」は「に」よりも広がりを感じさせます。たとえば<炎天を槍のごとくに涼気過ぐ>(飯田蛇笏)。
隠れたる小流れいくつ紫陽花園
松井洋子
夏場所や化粧廻しの波しぶき
箱守田鶴
軽鳧の子や時には親を従へて
長谷川一枝
水影に凭れて終の未草
緒方 恵美
暮れなづむ中禅寺湖や赤蜻蛉(または銀やんま)
千明朋代
(暮れなずむ中禅寺湖や蜻蛉とぶ)
飛んでいるのは明らかなので、名詞だけで表現した方が引き締まります。
一切の水を集めて滝碧し
飯田 静
梅雨晴や番瀝青屋は白ひろげゆく
小山良枝
(梅雨晴や番瀝青屋は白ひろげゆく)
ゑぐられし淵の轟音出水川
松井洋子
(ゑぐられし淵の轟音出水後)
「出水後」は説明的に感じられます。
夜濯やふと後悔の記憶など
鏡味味千代
(夜濯ぎやふと後悔の記憶など)
弟の樟脳舟の傾ぎけり
小山良枝
夏帽子あみだにかぶり島の橋
奥田眞二
(夏帽子ちよつとあみだに島の橋)
「あみだかぶり」の「かぶり」は省略したくないところ。逆に「ちよつと」はなくてもよいでしょう。
金魚赤しアクロバットが得意なり
深澤範子
露天湯の外は内海くらげ浮く
松井洋子
亡き父の主治医へ送る夏見舞
田中優美子
夕焼に明日のことを頼みをり
山内 雪
(夕焼に明日のことを頼んでる)
口語が効果的なこともありますが。
一人来て白蓮を撮る女かな
三好康夫
曉の雲綻びて梅雨の星
辻 敦丸
花の如く揺れて漂ひサーファー等
山田紳介
スピーチに泡の消えゆくビールかな
森山栄子
流木の屍のごとし出水後
松井洋子
何の日かわからぬ連休今日大暑
箱守田鶴
◆互選
各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。
■小山良枝 選
夏館太平洋の波静か 静
挨拶を少しためらふサングラス 道子
サーファーの獲物追ふごと波を見て 伸介
亡き父の主治医へ送る夏見舞 由美子
☆林間学校シスター袖をたくし上げ 眞二
普段は物静かなシスターの、林間学校でのなり振りかまわない奮闘ぶりが伝わってきました。シスターが効いていて、俳諧味のある作品です。
■チボーしづ香 選
五月晴寄席密やかに再開す 味千代
燃え尽きし送り火かこひ込み独り 田鶴
自らの影と知れるか蜻蛉は すみ江
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな 良枝
☆共犯の目くばせ母と昼ビール 雅子
女性が昼にビールを飲む時ちょっと気遅れするのを、軽く目配せで救った感じがよく出ている。
■山内雪 選
仕切り屋の姉に任せてかき氷 栄子
島人と間違へられし日焼かな 良枝
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな 良枝
何の日かわからぬ連休今日大暑 田鶴
☆ソーダ水思ひ出少しづづ戻る 伸介
ソーダ水の泡が少しづづ消えるように過去を思いだす。
■深澤範子 選
形代の行方はいづこ川流る 道子
島人と間違へられし日焼かな 良枝
夏帽子あみだにかぶり島の橋 眞二
スピーチに泡の消えゆくビールかな 栄子
☆流木の屍のごとし出水後 洋子
本当に今年もあちこちで洪水が発生、その惨状が良く読まれていると思いました。
■山田紳介 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
ソーダ水負けず嫌ひでありし頃 由美子
梅雨晴や番瀝青屋は白ひろげゆく 良枝
積読の本の百冊梅雨に入る 範子
☆舟虫の邪心のごとく散りにけり 栄子
追いやっても追いやっても、何事もなかったように何処からか湧いて来る舟虫、「邪心のごとく」の直喩が素晴らしい。
■飯田静 選
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離 敦丸
夜濯の母の二の腕仄白き 洋子
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
水影に凭れて終の未草 恵美
☆古書店の間口一間夏の月 恵美
間口一間で細々商いを続けている店の、奥まで月の光が差し込んでいる景を思い浮かべました。
■三好康夫 選
挨拶を少しためらふサングラス 道子
夏場所や化粧廻しの波しぶき 田鶴
サーファーの獲物追ふごと波を見て 伸介
弟の樟脳舟の傾ぎけり 良枝
☆古書店の間口一間夏の月 恵美
「市中は物のにほひや夏の月 凡兆」を思い出しました。「間口一間」がいいですね。
■鏡味味千代 選
雲の色空の色して四葩かな 由美子
涼しさや点されてゆく滑走路 良枝
星涼しそこそこ安穏なる一生 雅子
寅さんは振られて旅へ月見草 すみ江
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり 眞二
夏の力強い雲と、六方を踏む役者さんの力強さ。しなやかさと若々しさが、確かによく似ていると思いました。
■森山栄子 選
蛇衣を脱ぐまなこ二つ残しつつ 朋代
万緑に埋み微笑の摩崖仏 雅子
古書店の間口一間夏の月 恵美
涼しさや点されてゆく滑走路 良枝
☆軽鳧の子や時には親を従へて 一枝
可愛らしい軽鳧の子が成長していく過程の一場面。自分の経験と合わせて感じ入りました。
■奥田眞二 選
五月晴寄席密やかに再開す 味千代
骨一本折れたる傘や大夕立 宏実
雨受けよ光放てよ夏木立 由美子
雨もよい急ぐでもなく蝸牛 雅子
☆風鈴や通し土間ある蕎麦処 恵美
蕎麦処がぴったりの情景描写で、涼しさの漂う表現に感服です。
■千明朋代 選
手探りの暮し改革朝曇 静
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離 敦丸
水影に凭れて終の未草 恵美
夏空の青は海とは違ふ青 由美子
☆遠野郷かなたこなたに懸り藤 範子
木に懸かった藤の情景が、遠野郷という場所で一層美しく目に浮かびます。とても幻想的で絵のようだと思いました。
■藤江 すみ江 選
スマホ見てはしやぐ少女ら凌霄花 道子
満開の石楠花の道秋田駒 範子
ゑぐられし淵の轟音出水川 洋子
烏賊干してひときは沖の青さかな 栄子
☆青葉雨絵筆の擦れる音かすか 栄子
とても繊細な音への気付きと 青葉雨の音がマッチしています。
■箱守田鶴 選
涼しさや点されてゆく滑走路 良枝
サーファーの獲物追ふごと波を見て 伸介
鍬形の脚ふんばつて採られけり 真徳
流木の屍のごとし出水後 洋子
☆葉の海の育てたるもの蓮の花 康夫
不忍の蓮の池で此の句と全く同じ情景を目にした、何とか句にしようとこころみたができない、こうゆう表現もあるのだと共感した。
■小野雅子 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
水中花最後の泡を放ちけり 洋子
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る 伸介
林間学校シスター袖をたくし上げ 眞二
☆涼しさや点されてゆく滑走路 良枝
濃紺に暮れてゆく夏。滑走路に点々と青や黄の誘導灯が点ってゆく。夜間飛行の気分がよくでていると思います。
■島野紀子 選
木下闇沼の匂ひの何処より 良枝
仕切り屋の姉に任せてかき氷 栄子
呼び水の一滴として雨蛙 栄子
夜濯やふと後悔の記憶など 味千代
☆飽きられてなほも咲きたる水中花 洋子
命のなきものは何故か飽きる、確かにそうだと再認識した。咲き続ける水中花が美しくそして悲しい。
■長谷川一枝 選
亡き父の主治医へ送る夏見舞 由美子
仕切り屋の姉に任せてかき氷 栄子
古書店の間口一間夏の月 恵美
風鈴や通し土間ある蕎麦処 恵美
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
言い淀んでいると、風を送りながら「そう、そうなの・・・」とやさしく聞いてもらい胸のつかえがとれたような・・・。
■田中優美子 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり 眞二
もしかして世話女房かも胡瓜揉み 眞二
幾条の地層晒して滝落つる 静
みんみんの脱殻探す四連休 宏実
☆まだ恋を知らぬコーヒーゼリーかな 良枝
中学生~高校生くらいの少年を想像しました。具体的な描写がなくても、コーヒーゼリーの甘さとほろ苦さがじわじわと効いてくる不思議な魅力のある句でした。
■松井洋子 選
烏賊干してひときは沖の青さかな 栄子
幾条の地層晒して滝落つる 静
燃え尽きし送り火かこひ込み独り 田鶴
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離 敦丸
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり 眞二
上五中七で雲の様子がありありと目に浮かんでくる。夏雲に投影された、詠み手の中に漲る生命力が感じられる。
■辻 敦丸 選
幾条の地層晒して滝落つる 静
風鈴や通し土間ある蕎麦処 恵美
夏帽子あみだにかぶり島の橋 眞二
挨拶を少しためらふサングラス 道子
☆登りたる天狗の山の落し文 道子
邑楽の天狗山ですか、奥三河の天狗の奥山ですか。落し文も見なくなりました。懐かしい思いの句です。
■中村道子 選
飽きられてなほも咲きたる水中花 洋子
もがきたる獲物引き摺り蟻の道 味千代
灼熱の庭の木陰に猫涼む しづ香
亡き父の主治医へ送る夏見舞 由美子
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
ゆっくりと団扇を動かしながら話を聞いて下さる人の容姿が見えるようです。身近にこういう方がいたら私も話を聞いていただきたいです。
■緒方恵美 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり 眞二
紅さして白髪もよし五月晴 道子
万緑に埋み微笑の摩崖仏 雅子
一切の水を集めて滝碧し 静
☆曉の雲綻びて梅雨の星 敦丸
そう言えば、今年の梅雨は長かった。偶然にも目にした早暁の星は作者にとって、きっと「心の晴間」だったのだろう。温かい一句。
■黒木康仁 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり 眞二
古書店の間口一間夏の月 恵美
舟虫の邪心のごとく散りにけり 栄子
烏賊干してひときは沖の青さかな 栄子
☆ほの白し茅の輪をとほる道一本 栄子
茅の輪くぐりをするとき、なぜか人は神妙になる。それを白き道と見ておられたのがおもしろく思いました。
■矢澤真徳 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
かちわりや注ぐスコッチ己が時 眞二
もがきたる獲物引き摺り蟻の道 味千代
舟虫の邪心のごとく散りにけり 栄子
☆烏賊干してひときは沖の青さかな 栄子
獲ってきたばかりの烏賊を干しながら、一息つこうとふと遠くの海を眺めると、白い色ばかり見ていた目に輝くような海の青が鮮やかに入ってきた。白と青、近と遠、夏の浜辺を舞台にコントラストがはっきりしたリアルな情景が描かれている。
■長坂 宏実 選
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る 伸介
名残雨ぽつり弾けし山法師 敦丸
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな 良枝
月見草若き役者の命絶ち 静
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手 恵美
木陰で世間話をしている情景が目に浮かびます。
◆今月のワンポイント
「余計な説明をしない」
今回の特選句<シャッターの降りしままなり梅雨晴間><夏空の遠く夏潮なほ遠く><観音も病み上がりなり梅雨晴間>は、新型コロナウイルス蔓延という状況下で詠まれた句かと思われますが、もしかしたらまったく関係ないのかもしれません。詠まれた背景が曖昧なのは、きわめて短い俳句という文芸形式では当然のことであり、決してマイナスにはなりません。逆に、たとえば「コロナ禍」のような状況を説明する語を使うと、常識的な結論に誘導されてしまい、詩としてのふくらみが失われるおそれが大きくなるでしょう。例外はもちろんありますが、原則として余計な説明は控え、いつの時代にも通用する句を詠みましょう。
(井出野浩貴)