◆特選句 西村 和子 選
一番に咲き星組のチューリップ
若狭いま子
幼稚園もしくは保育園の園庭での光景。
クラスごとにチューリップを育てていたのが、最初に星組のチューリップが咲いたのだ。星組の子どもの得意げな顔、他のクラスの子どものうらやましそうな顔など、園児の様々な表情、さらには園庭で遊ぶ子供たちの声までも聞こえてくる。(松枝真理子)
日の丸の白地の黄ばみ紀元節
中山亮成
建国記念日に日章旗を掲げようと出してみると、黄ばんでいるのに気付いた。旗はかなり古いが、簡単に買いかえるようなものでもない。このまま大事に使い続けていくのだ。積み重ねてきた年月の重みが感じられる。(松枝真理子)
句敵の声の聞こえて山笑ふ
三好康夫
ひそかに句敵としているライバルがいるのだろう。句会から遠ざかっていたその人が、久しぶりに句会に出席して名乗りをあげた。名乗りの声が元気そうで、作者はほっとしたのだ。
「山笑ふ」が作者の気持ちの象徴であると同時に、土地柄や句会の雰囲気なども語っている。(松枝真理子)
初蝶や手押しポンプは水弾き
松井伸子
季語「初蝶」と手押しポンプの取り合わせが成功している句。
ポンプから勢いよく噴き出す水と初蝶が響きあい、水のきらめきが立ち上がってくるようだ。
生命力にあふれ、躍動的な季節のはじまりが感じられる。(松枝真理子)
苗札を立てて半信半疑なり
小山良枝
いま、まさに種をまき終えた作者。苗札をたててみて、何だか妙な気分になる。
本当にここに芽が出てくるのだろうか? あんな小さな種から?
はからいのない素直な表現が、功を奏している。(松枝真理子)
雛の客とてなき二人暮らしかな
奥田眞二
子どもが巣立ち、夫婦二人の暮らしを送っているのだろう。
昔は雛祭りをにぎやかに祝ったことを思い出し、そして、今は雛祭りといって出かける予定も、誰かが訪ねてくる予定もないのだと、あらためて思う。
淡々とした措辞から、作者のしみじみとした心情が伝わってくる。
作者はこの穏やかな暮らしを存外気に入っているにちがいない。(松枝真理子)
でこぼこのつぎはぎ道路冴返る
森山栄子
卒園児夢を叫びて着席す
鏡味味千代
三階の出窓にトルソーおぼろの夜
緒方恵美
主義主張なきにはあらず蕨餅
梅田実代
雪解や線香あげに来しと言ふ
山内雪
最終ホール静まり返り百千鳥
鈴木ひろか
◆入選句 西村 和子 選
春の波小さき足跡追ひかけて
鎌田由布子
このCD返せぬままに卒業す
梅田実代
(そのCD返せぬままに卒業す)
風待ちの鳥のやうなる白木蓮
巫依子
菜の花や地裁に並ぶ百の窓
梅田実代
江ノ電に鳶の伴走うららけし
鈴木ひろか
下萌や堆肥のにほふ農学部
牛島あき
降り立ちて海の匂ひと若布の香
飯田静
(降りたれば海の匂ひと若布の香)
卒業を果たせぬ出征学徒ありき
奥田眞二
(卒業を果たせぬ出征学徒あり)
ふたみ言交はし別るる梅の下
小野雅子
はくれんの灯り初めたる宵の雨
松井洋子
(はくれんの灯り初めたる雨の宵)
曲水や笙聞こえ来る太鼓橋
木邑杏
木々なべて湖畔に斜め水の春
佐藤清子
(木々すべて湖畔に斜め水の春)
ここは何処旅に目覚めし白障子
藤江すみ江
(旅に覚め白障子ここは何処と)
軽やかにトレモロ奏で雪解水
荒木百合子
(軽やかにトレモロ奏づ雪解水)
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜
鈴木紫峰人
囀や音楽堂の高みより
松井伸子
千代紙の小箱に納め紙雛
鈴木ひろか
あたたかや木の香槌音釘打つ音
松井伸子
(あたたかや木の香槌音釘の音)
鼻筋の通る横顔雛納め
飯田静
芽柳の枝きらきらと触れ合へる
板垣もと子
(きらきらと芽柳の枝触れ合へる)
幼子の声に膨らむ猫柳
小野雅子
OLと呼ばれし昔春手套
長谷川一枝
何入れるでもなき小箱春灯
藤江すみ江
春寒く空白多き予定表
梅田実代
(春寒く余白の多き予定表)
囀りの上に囀り切通し
緒方恵美
ひとまはりふたまはりして鳥雲に
小山良枝
初ざくら祝結婚の木札下げ
長谷川一枝
(祝結婚と木札ありけり初ざくら)
春浅き川音かすか露天の湯
岡崎昭彦
(春浅し川音かすか露天の湯)
鳥返る空には空の時流れ
山田紳介
公会堂朽ちゆくままに養花天
梅田実代
点三つ目鼻ほほ笑む紙雛
松井洋子
(点三つの目鼻ほほ笑み紙雛)
ごめんねと言ひて覚めたり春の夢
田中優美子
子がはねてボールがとんで春の土
松井伸子
窓開けて耳をすませば鶯か
チボーしづ香
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける
山田紳介
釣り人のひとり離れて春の湖
小野雅子
天狗岩どつしり構へ山笑ふ
深澤範子
(山笑ふどつしり構へ天狗岩)
目の慣れて土筆ここにもあそこにも
松井洋子
小綬鶏や海を見晴らす展望台
飯田静
消防車のサイレンちぎれ春一番
牛島あき
巷塵を一掃したり夜の春雷
板垣もと子
(巷塵を一掃したる夜の春雷)
ロープウェーより風光る港町
巫依子
お向ひの今日も灯らず沈丁花
森山栄子
花人の遠巻きにして大道芸
箱守田鶴
春の風若草山を駆け登り
辻敦丸
(春風の若草山を駆け登り)
沈丁が咲いたと声の弾みをり
松井伸子
(沈丁が咲いたよと声弾みをり)
若き日の父母の面影古雛
松井洋子
春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく
矢澤真徳
三味線草雨の匂ひの残る路地
緒方恵美
梅園へ誘ふ看板唐棣色
板垣もと子
仕舞湯の窓に大きく春の月
長谷川一枝
深々と黙礼をして卒業子
山田紳介
啓蟄やコロコロ笑ふ女どち
飯田静
(啓蟄やコロコロ笑う女どち)
地下鉄へ降りつつ畳む春ショール
小野雅子
使はざる鉛筆あまた土筆生ふ
松井伸子
古雛や父手作りの笏を持ち
松井洋子
真つ新のシャツより白き初蝶来
松井洋子
鞠手鞠つるす転がす雛祭
木邑杏
(鞠手鞠つるす転がす雛祭り)
春日差幼なの会話たどたどし
藤江すみ江
(たどたどし幼なの会話春日差し)
夕東風やおいでおいでと赤提灯
奥田眞二
エプロンのまま見送りぬ新入生
鏡味味千代
(新入生エプロンのまま見送りぬ)
柱錆び鉄路は錆びず鳥の恋
吉田林檎
ギャルソンのエプロンきりり百千鳥
梅田実代
柴犬の眼きりりと春の宵
深澤範子
薔薇の芽やことばの欠片つながらず
松井伸子
亀鳴くを聞きしと髭の翁かな
深澤範子
◆互選
各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。
■小山良枝 選
一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
初蝶や手押しポンプは水弾き | 伸子 |
地図帳の開いてありぬ卒業期 | 実代 |
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける | 紳介 |
☆振り仮名を附す入学の子の名簿 | 眞二 |
入学と言うと、入学する側から詠まれがちですが、この句の場合、先生側から詠まれているところに目を引かれました。子供だけでなく、先生も緊張感を持って臨んでいるのですね。
|
■飯田 静 選
下萌や堆肥のにほふ農学部 | あき |
啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 | あき |
振り仮名を附す入学の子の名簿 | 眞二 |
手足得て杭に掴まる蛙の子 | 亮成 |
☆一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
幼稚園で組ごとに植えたチューリップ。星組の子供たちの自慢げな顔が浮かびます。
|
■鏡味味千代 選
春めくや螺鈿細工の夜光貝 | 静 |
仕舞湯の窓に大きく春の月 | 一枝 |
苗札を立てて半信半疑なり | 良枝 |
囀りの上に囀り切通し | 恵美 |
☆古色もて雛の傷の癒えにけり | 栄子 |
古びて少し茶色がかってきた雛人形。その色と傷の色が似ていて、傷が目立たなくなったのでしょう。面白い視点と、普通は古くなったことを儚く思うところですが、傷が癒えたと、むしろ長い間大切にされていた愛情を感じさせる心にひかれました。
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■千明朋代 選
春めくや螺鈿細工の夜光貝 | 静 |
何入れるでもなき小箱春灯 | すみ江 |
落ちながら堰をはやして春の水 | あき |
吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな | いま子 |
☆目の慣れて土筆ここにもあそこにも | 松井洋子 |
句に出来なかった私の実感を、現わしていたので、びっくりしました。
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■辻 敦丸 選
貝母咲く荘子を語る友一人 | 朋代 |
磯遊び絵を描きたる潮と岩 | 新芽 |
釣り人のひとり離れて春の湖 | 雅子 |
風待ちの鳥のやうなる白木蓮 | 依子 |
☆ひとまはりふたまはりして鳥雲に | 良枝 |
惜別の感頻りの句。 |
■三好康夫 選
夕飯の支度忘れてゐる遅日 | 百合子 |
仕舞湯の窓に大きく春の月 | 一枝 |
蕨摘む小気味よき音手に受けて | 一枝 |
ロープウェーより風光る港町 | 依子 |
☆島山の笑い出したる架橋かな | 依子 |
春本番の瀬戸大橋が目に浮かびました。 |
■森山栄子 選
卒業や胸のメダイを交換し | 実代 |
ギャルソンのエプロンきりり百千鳥 | 実代 |
旅人に住みなす者に初桜 | 依子 |
目の慣れて土筆ここにもあそこにも | 松井洋子 |
☆春愁やいつもと同じバスに乗り | 紳介 |
いつもと同じバスに乗り、日常と言えるルーティンの中でふと春愁を感じた作者。繊細な感覚が自然な表現で描かれている一句だと思います。
|
■小野雅子 選
春愁やいつもと同じバスに乗り | 紳介 |
鳥帰る空には空の時流れ | 紳介 |
あたたかや木の香槌音釘打つ音 | 伸子 |
何入れるでもなき小箱春灯 | すみ江江 |
☆菜の花や地裁に並ぶ百の窓 | 実代 |
菜の花は巡る季節の象徴であり生命の息吹。地裁は人を裁くところ。そこには憎しみや悲しみ、苦しみ等の不条理がいっぱい。百の窓は百の悲劇だ。
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■長谷川一枝 選
一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
三月の空に起伏のありにけり | 良枝 |
薔薇の芽やことばの欠片つながらず | 伸子 |
梅園へ誘ふ看板唐棣色 | もと子 |
☆このCD返せぬままに卒業す | 実代 |
場面は違いますが、「返してね」の一言が言えず、未だにそのままです。
|
■藤江すみ江 選
ひと刷毛の白き雲行く春の海 | 敦丸 |
庭掃いて春の日差を掃き寄する | 雅子 |
啓蟄や引越し車行き交ひて | 康仁 |
消防車のサイレンちぎれ春一番 | あき |
☆祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 | 味千代 |
戦争のニュースばかりで胸が痛む日々ですが なかなか句に詠むには難しいです 涅槃雪の季語も適切と思います。
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■箱守田鶴 選
囀の上に囀切通し | 恵美 |
一人づつ労ひながら雛納 | 良枝 |
下萌や堆肥のにほふ農学部 | あき |
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 | ひろか |
☆一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
星組のみんなで育てたチューリップであることが嬉しい、他の組に先がけて咲いたのが誇らしい。17文字で幼稚園の楽しさを語っている。
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■山田紳介 選
明るき明日頼むこころや種袋 | 百合子 |
花冷えや両手に包みマグカップ | 和代 |
花冷えの指先頬に当てて見る | 由布子 |
下萌や堆肥のにほふ農学部 | あき |
☆一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
「星組」が良いですね。園児の笑顔が浮かんで来るよう。
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■松井洋子 選
囀や音楽堂の高みより | 伸子 |
蕨摘む小気味よき音手に受けて | 一枝 |
春寒く空白多き予定表 | 実代 |
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ | 依子 |
☆庭掃いて春の日差を掃き寄する | 雅子 |
「春の日差を掃き寄する」という表現が詠み手の喜びをよく表している。清々しくなった庭に揺れる木洩れ日が見えてくるようだ。
|
■緒方恵美 選
飛び立ちて行く宛のなし小灰蝶 | 真徳 |
行間のやうなひと日を初燕 | 依子 |
回廊の角に梵鐘風光る | 栄子 |
小綬鶏や海を見晴らす展望台 | 飯田静 |
☆照らされしもの皆丸く春の月 | 味千代 |
照らされしもの皆丸く春の月そう言えば、春の月の潤んだ感じから照らされたものが「丸く」見えるとは、言い得て妙だ。
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■田中優美子 選
卒業を果たせぬ出征学徒ありき | 眞二 |
二歩三歩過ぎて沈丁花へ戻り | 田鶴 |
白木蓮蕊を晒して散りにけり | 穐吉洋子 |
霞より出でて一羽の鳥となる | 恵美 |
☆しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 | 伸子 |
子どもの頃、しゃぼん玉ひとつに大切に息を吹きこむだけで、とてもわくわくした。同じように、飴玉ひとつもらうだけで、歌をくちずさむだけで、満たされたあの頃。大人になって、できることは増えたはずなのに、なぜか幸せになるのは難しくなった気がする。深く考えさせられる句でした。
|
■チボーしづ香 選
春寒く空白多き予定表 | 実代 |
一枚の版画に夜の雑木の芽 | 依子 |
貝殻を探す小さき手春の浜 | 由布子 |
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ | いま子 |
☆春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく | 真徳 |
雪解けで水笠が増す川の水は勢いを増す、しかしこの句は春の柔らかさをうまく言い表している。
|
■黒木康仁 選
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける | 紳介 |
ひとまはりふたまはりして鳥雲に | 良枝 |
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 | ひろか |
誰が為の残業春の雪しまく | 優美子 |
☆南仏の空に大隊雁帰る | チボーしづ香 |
日本の雁はシベリアへ帰りますが、フランスの雁はどこへ帰るのでしょうか?まさかあの地では……。
|
■矢澤真徳 選
手足得て杭に掴まる蛙の子 | 亮成 |
庭掃いて春の日差を掃き寄する | 雅子 |
仕舞湯の窓に大きく春の月 | 一枝 |
消防車のサイレンちぎれ春一番 | あき |
☆子がはねてボールがとんで春の土 | 伸子 |
たとえばサッカーをしている子供たち。ボールと同じくらい飛び跳ねている様子が浮かんできます。見ている作者の心の華やぎが、春の土、という言葉に凝縮しているような気がしました。
|
■奥田眞二 選
落ちながら堰をはやして春の水 | あき |
日の丸の白地の黄ばみ紀元節 | 亮成 |
海行かば謳ふ漢や春憂ひ | 一枝 |
苗札を立てて半信半疑なり | 良枝 |
☆囀りの上に囀り切通し | 恵美 |
音の響く地形の切通での聴覚の一瞬をお上手に句にされた、敬服です。
|
■中山亮成 選
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 | ひろか |
春まつり昔玩具の貝屏風 | ひろか |
落ちながら堰をはやして春の水 | あき |
蟄居せし間に春に追ひ越され | 味千代 |
☆耕しの金鍬濯ぐ背戸の川 | 雅子 |
昔の日本の原風景に好感を持ちました。 |
■髙野新芽 選
菜の花や地裁に並ぶ百の窓 | 実代 |
去年の実を垂らす街路樹木の芽風 | 紫峰人 |
雪の果て止まるが如く散る如く | 昭彦 |
庭掃いて春の日差を掃き寄する | 雅子 |
☆忘れ雪玄界灘の海蒼き | 朋代 |
季節外れの気象に自然の壮大さを感じる句でした。
|
■巫 依子 選
はくれんの灯り初めたる宵の雨 | 松井洋子 |
冴返る隣人の訃が新聞に | 雪 |
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける | 紳介 |
一番に咲き星組のチューリップ | いま子 |
☆春の夢辻褄合はせしたくなり | 優美子 |
夢だから辻褄が合うはずなんて無いのはわかっていても、思わず辻褄合わせしたくなるほど・・・そんなある日の春の夢の実感に共感。
|
■佐藤清子 選
仕舞湯の窓に大きく春の月 | 一枝 |
三味線草雨の匂ひの残る路地 | 恵美 |
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 | 紫峰人 |
武蔵野の樹々を透かして春浅し | 昭彦 |
☆梅が香に誘はれしまま芭蕉庵 | 康仁 |
梅の季節は特別という想いに共感しました。探梅に始まって満開となるまで楽しんだと感じます。そしてランチは芭蕉庵でお蕎麦というコースでしょうか。それにしても一番美味なのは近寄って嗅ぐ梅の香りですね。
|
■水田和代 選
吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな | いま子 |
花ミモザ閉門時間迫るなり | 味千代 |
夕飯の支度忘れてゐる遅日 | 百合子 |
武蔵野の樹々を透かして春浅し | 昭彦 |
☆少しづつ闇に変はりぬ春の海 | 紳介 |
海の暮れていく様子を美しく描いていると思いました。春ののどかさが感じられます。
|
■梅田実代 選
落ちながら堰をはやして春の水 | あき |
何入れるでもなき小箱春灯 | すみ江 |
地下鉄へ降りつつ畳む春ショール | 雅子 |
なにやらを咥へ飛び立ち雀の子 | 一枝 |
☆明るき明日頼むこころや種袋 | 百合子 |
閉塞感の漂う昨今、これから芽を出し花を咲かせ実をつける種の入った袋に明るき明日を頼むこころに共感しました。
|
■鎌田由布子 選
長閑なり土手より臨むお城山 | 栄子 |
江ノ電に鳶の伴走うららけし | ひろか |
囀りの上に囀り切通し | 恵美 |
分譲の幟の並ぶ四温晴 | 栄子 |
☆春光のスポーツカーと耕運機 | 雅子 |
スポーツカーと耕運機の取り合わせが面白いと思いました。
|
■牛島あき 選
蕨摘む小気味よき音手に受けて | 一枝 |
手足得て杭に掴まる蛙の子 | 亮成 |
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 | 伸子 |
春泥へ水色の長靴履いて | 和代 |
☆ロープウェーより風光る港町 | 依子 |
「風光る港町」が素敵!高い所から港町を見下ろすという構図に思わず引き込まれました。ロープウェーと言うからには、神戸のような大規模な港町かと思われますが、鄙びた漁港の波のきらめきも目に浮かびました。
|
■荒木百合子 選
啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 | あき |
大の字に寝て温かき子供かな | チボーしづ香 |
宵闇の庭にほのかなミモザの黄 | いま子 |
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ | 依子 |
☆風待ちの鳥のやうなる白木蓮 | 依子 |
春先に白く大きな蕾が目立つ白木蓮。微妙に同じ方向に揃って傾く蕾は本当にこの句の感じですね。
|
■宮内百花 選
照らされしもの皆丸く春の月 | 味千代 |
消防車のサイレンちぎれ春一番 | あき |
春光のスポーツカーと耕運機 | 雅子 |
鏡文字すつかり消えて進級す | 実代 |
☆鳥帰る空には空の時流れ | 紳介 |
人は北帰行の空を見上げ、鳥たちを見送ることしかできない。上空ではどのような時間が流れているのだろう。鳥の気持ちを想像させる一句。
|
■鈴木紫峰人 選
梅東風や暖簾潜りし四人連れ | もと子 |
千代紙の小箱に納め紙雛 | ひろか |
発つ一羽追ひて一羽や梅七分 | 雅子 |
古雛や父手作りの笏を持ち | 松井洋子 |
☆はくれんの灯り初めたる宵の雨 | 松井洋子 |
はくれんが春の宵の中、一つ二つと開き初め、白い、明るい光となって作者の心をも照らしてくれるように感じました。
|
■吉田林檎 選
公会堂朽ちゆくままに養花天 | 実代 |
春愁やいつもと同じバスに乗り | 紳介 |
句敵の声の聞こえて山笑ふ | 康夫 |
使はざる鉛筆あまた土筆生ふ | 伸子 |
☆お向ひの今日も灯らず沈丁花 | 栄子 |
お向かいさん、どうしているのかしら?と気になる日々。疫病の流行る世の中ではなおのこと気になります。それでも沈丁花は着々と花を咲かせ、香りを放っている。その対比が面白いと思いました。
|
■小松有為子 選
啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 | あき |
春浅き川音かすか露天の湯 | 昭彦 |
真つ新のシャツより白き初蝶来 | 松井洋子 |
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ | 依子 |
☆四月馬鹿大阪で聞く標準語 | 味千代 |
思わず笑ってしまいました。歯切れの良さが素敵です。
|
■岡崎昭彦 選
鳥帰る空には空の時流れ | 紳介 |
指笛や川面転がる小さき春 | 敦丸 |
照らされしもの皆丸く春の月 | 味千代 |
夕東風やおいでおいでと赤提灯 | 眞二 |
☆春の夢さつさと覚めて朝支度 | 優美子 |
さっぱりとした作者の性格が見えるようで思わず笑みが漏れる句でした。
|
■山内雪 選
啓蟄や赤子の眼きょろきょろと | 飯田静 |
消防車のサイレンちぎれ春一番 | あき |
蕨摘む小気味よき音手に受けて | 一枝 |
鳥帰る空には空の時流れ | 紳介 |
☆啓蟄の土をつけたる犬の鼻 | ひろか |
そこいらじゅうクンクンやってきた事がわかり、啓蟄のエネルギーを感じる。
|
■穐吉洋子 選
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ | いま子 |
下萌や堆肥のにほふ農学部 | あき |
振り仮名を附す入学の子の名簿 | 眞二 |
祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 | 味千代 |
☆日の丸の白地の黄ばみ紀元節 | 亮成 |
今は祝日に国旗を掲げる家も少なく箪笥に閉まったまま、紀元節に出してみるとすっかり黄ばんだ国旗、人生の黄昏を感じます。
|
■若狭いま子 選
卒業を果たせぬ出征学徒ありき | 眞二 |
戦ひの終結祈る白木蓮 | 穐吉洋子 |
蕨摘む小気味よき音手に受けて | 一枝 |
梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける | 杏 |
☆でこぼこのつぎはぎ道路冴返る | 栄子 |
足弱の身にとってこの句の道路事情が痛切な実感として伝わってきます。
|
■松井伸子 選
深々と黙礼をして卒業子 | 紳介 |
幼子の声に膨らむ猫柳 | 雅子 |
振り仮名を附す入学の子の名簿 | 眞二 |
公会堂朽ちゆくままに養花天 | 実代 |
☆春の風若草山を駆け登り | 敦丸 |
わくわくと春の喜びが伝わってきます。若々しくて躍動感に満ちて読む者も心弾みます。
|
■長坂宏実 選
梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける | 杏 |
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 | 伸子 |
散歩道肩に触れたる猫柳 | 範子 |
たんぽぽに摘む楽しさを教はりて | 百花 |
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける | 紳介 |
暖かな親子の様子が目に浮かびます。 |
■木邑杏 選
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ | 依子 |
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ | いま子 |
あたたかや木の香槌音釘打つ音 | 伸子 |
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 | 紫峰人 |
☆リハーサルの舞台に残る余寒かな | 味千代 |
本番に備えてリハーサルをするのだが、観客のいない劇場は暖房も無く寒さが堪える。余寒ですね。
|
■鈴木ひろか 選
苗札を立てて半信半疑なり | 良枝 |
小綬鶏や海を見晴らす展望台 | 静 |
霞より出でて一羽の鳥となる | 恵美 |
お向ひの今日も灯らず沈丁花 | 栄子 |
☆桃の花子へのひと言飲み込みぬ | 百花 |
「大人になってきた子へかける言葉の難しさ」に同感。季語の桃の花に親の愛情を感じる。
|
■深澤範子 選
吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな | いま子 |
白木蓮蕊を晒して散りにけり | 穐吉洋子 |
夜半さめて春の嵐や又三郎 | 真徳 |
降り立ちて海の匂ひと若布の香 | 静 |
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける | 紳介 |
春の情景が浮かんできて、いい句だと思いました。リフレインも効いていると思います。
|
◆今月のワンポイント
「推敲について」
句ができるとほっとしてそのまま出してしまいがちですが、必ず推敲するようにしましょう。
時間がなくても、最低限、漢字や仮名遣いの間違いがないか見直してください。
余裕があれば、「てにをは」を確認したり、語順を入れ替えたり、違う言葉に置き換えたりしてみます。
あまりやりすぎると、結局元の句がよかったということもよくありますが・・・・・・。
何はともあれ、「できた!」と思ったその後、締切間際の5分間がとても大事なのです。
松枝真理子