松原幸恵句集『天窓』
2003/3刊行
客観写生にそれぞれの個性を
『無言劇』から『昆虫記』まで、既刊句集全三冊の作品を季題別に収録。作品理解の上で更に役立ち、実作者にとっては季題を通して俳句を学べる格好の一書。
◆ 季語別句集シリーズ4
『無言劇』から『昆虫記』まで、既刊句集全三冊の作品を季題別に収録。
作品理解の上で更に役立ち、実作者にとっては季題を通して俳句を学べる格好の一書。
春の宵 春宵
春宵の分針少し遅れゐる 無言劇
春宵の宿のもの音聞かれけり 無言劇
春宵やすでにはるけくボブ・デュラン 知音
雪 吊
雪吊の縄にはりつき雪凍る 無言劇
雪吊のたるみては風篩ふなる 昆虫記
雪吊の髻を風の一と掴み 昆虫記
◆ 著者第一句集
『ラムネ玉』は、さわやかでなつかしい音がする。
『ラムネ玉』は、空の色、水の色、流れゆく時間の色でもある。
『ラムネ玉』を透かして見た一句一句に、私は桃衣さんの魂のしなやかさを感じる。
行方克巳(帯文より)
俳句の魅力に目覚めた時、人は内なる声に気づく。その声を表現する手段を得て、自分自身を再確認するゆくたてが、この句集には収められている。
西村和子(序文より)
ファインダーに入り切れない花野かな
水底の空を駆け抜け寒鴉
亀の子の泳ぐ手足のやはらかし
蝶々の夢の続きを飛びわたり
いつまでもルオーに佇てる冬帽子
ラムネ飲む釣銭少し濡れてをり
流されてゆくは小鴨か佇つ我か
ハンカチーフきつぱりと言はねばならず
金魚草九才ころのことのふと
銀杏散る大学祭の露店かな
卒業生最前列に吾子歩む
私にとっての俳景は、そのまま人生の風景でもあるという著者が、33のテーマ別に選んだ俳句と随筆の愉しい競演。
啄木のローマ字日記秋深し
栗飯や母恋へば父なつかしく
毛皮着てゆかしからざる立話
藤の花先つぽの意を尽くさざる
落つこちて地団駄を踏む毛虫かな
五月闇鑑真和上ゐたまへり
紫陽花や母のちぎり絵刻かけて
風神と背中合はせの涼しさよ
水中花古びたりける泡一つ
生涯のいま午後何時鰯雲
~あとがきより~
『無言劇』に続く第二句集『知音』を刊行して以来、およそ十年がまたたく間に過ぎ去った。一見平穏無事に見える私の日常にもずいぶん色々なことがおこっている。
平成八年、西村和子さんと二人代表制の俳誌「知音」を刊行したことは、俳人としての私にとって最も大きな出来事であった。その「知音」は順調に歳月を重ね、三年目を迎えた。
他人の句を選ぶ立場は実に危ういものであると実感したのも「知音」あってのことである。その間のわが句業を顧みつつ思うことは、作品こそ俳人のすべて、ということわりである。そして、その思いをかみしめる度に内心忸怩たるものを禁じ得ない。
私の俳句は実人生とはほとんど関わりのないところに成立しているように見えるかもしれない。確かに日常の自分自身と直面して作品をなすという行き方ではない。
しかし、このような立場においてでも自分の道を一歩でも前に進めるためには、さらに現実をしっかりと見据えて行かねばならないだろう。
句集名の『昆虫記』は、作品の中にかなり多くの小動物が登場し、中でも昆虫類がきわだっているという事実によった。
この句集が成るに当ってご協力いただいた多くの方々に感謝申し上げたいと思う。
◆収録作品
句集『無言劇』抄
『知音』抄
◆エッセイ
森 澄雄を読む
◆解説
はじめての香水は/西村知子
書かざりしことも閉じこめ日記果つ
子の部屋に声かけて寝る夜寒かな
シャガールを見に春装の靴青し
運動会午後へ白線引き直す
ひととせはかりそめならず藍浴衣
来ればすぐ帰る話やつりしのぶ
人生の夏の来向ふ初暦
受験子へ言ひ忘れなることなきや
芦の芽の切磋琢磨の光かな
雪女郎まなこの底の蒼かりし
~あとがきより~
昭和60年から平成3年までの作品を纏めて、第三句集とした。
夫の転勤で関西に移り住むことになった時、この地は私にとって他郷だった。だが西の風土に生活し、人々と出会い、古典のふるさとを訪ね、この地に馴染むにつれて、ここは私にとってかりそめの場所ではないと思うようになった。
句集名は、
ひととせはかりそめならず藍浴衣
から取った。清崎敏郎先生の「わが俳句鑑賞」にも取り上げていただいた、愛着の一句である。
ちょうどこの句稿を清書している時、第四十四回若葉賞の知らせをいただいた。この地での歩みが認められて、こんなに嬉しいことはない。