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窓下集 - 4月号同人作品 - 西村和子 選

わが句集父母に供へて御慶とす  中野のはら
見知らぬ子見慣れる吾子も入学す  吉田 林檎
髭面のチーフパーサー冬の旅  谷川 邦廣
掛け声の指南に沸きて初芝居  影山十二香
星屑を黒手袋に掬はばや  井手野浩貴
白妙の揺るる気位寒牡丹  黒木 豊子
初日の出あはてて両手合はせけり  中川  朝
朝寒に覚め病室の壁白き  金子 笑子
見廻りの守衛に懐炉貰ひたり  月野木若葉
ふるさとへ秋深みゆく車窓かな  石原佳津子

知音集 - 4月号雑詠作品 - 行方克巳 選

庭傷みゆく寒月に晒されて  高橋 桃衣
病院の夕餉の早く夜の長し  金子 笑子
白壁に鳥影過る初景色  谷川 邦廣
手つかずのままの更地も初景色  片桐 啓之
ストーブに顔伏せたまま話し出す  笠原みわ子
氷張る気配の水のくもりかな  鈴木 庸子
つつかれて河豚の怒りのをさまらず  若原 圭子
積ん読の一書を開く七日かな  難波 一球
初場所や土俵の上の二十歳  箱守 田鶴
初御空相模の海の涯しなく  橋田 周子

紅茶の後 - 4月号知音集選後評 -行方克巳

庭傷みゆく寒月に晒されて  高橋 桃衣

かつてのわが家の庭であろうか。それとも家路のみちすがら見掛ける景であろうか。昨今までは手入れが行き届いていた庭が、何らかの事情で荒れるままになっている。冴え冴えとした寒月光に照らされて、日々に荒廃は渉むような気がする。作者の目のあたりにしている実景を、心奥の形象にまで昇華せしめた一句であると思う。

病院の夕餉の早く夜の長し  金子 笑子

私も二度ほど比較的長い入院生活を経験したことがあるが、まさにこの句の通りである。ただ、少し体調がよくなると、夕食が待ち遠しくなる。廊下に配膳の音がすると期待感がたかまってきたものだ。また夜も小康状態のときと、苦しんで喘いでいる場合では全く違う。咳の発作が全くおさまらない時や、息苦しくてどうしても眠れない時ほど、早く夜が明けてくれればいいと、そればかり考えている。
しかし、同じ夜長でも快方に向かっている時は、何でこんなに時間が長いのだと思うことは同じだけれど、その内容は全く異なるのである。この句は当然退院もあとわずかという時の句である。

白壁に鳥影過る初景色  谷川 邦廣

きわめて単純にして明快なる一句である。白壁というスクリーンを雀か何か黒い鳥影が横切った、と、それだけである。初景色という季題はどうしても構えて取り掛かる傾きがある。それだから、いかにも初景色の一句でございます、という句になりがちなので、この一句は、私のその疑問に見事に答えてくれている。

窓下集 - 3月号同人作品 - 西村和子 選

冬ぬくし家族写真が金庫より   植田とよき
磯菊や浪迫り上がり縋り落ち  井内 俊二
ぼろ市の主壺よりくすみをる  影山十二香
見舞ふとはやさしきことば冬薔薇  天野きらら
冬怒濤耳元の声掻き消され  栃尾 智子
ごろつきのやうに着ぶくれ熱海駅  米澤 響子
空箱を畳んで縛り十二月  野垣三千代
すれちがふ川船の灯も年忘  井手野浩貴
シナモンのかすかな匂ひ冬館  井戸ちゃわん
船溜り隙間隙間の冬の空  磯貝由佳子

知音集 - 3月号雑詠作品 - 行方克巳 選

靴下の片つ方ばかりどれもこれも  加藤  爽
塩焼のぐじの鱗の香ばしく  鈴木 庸子
ビー玉のやうな象の目十二月  津田ひびき
遺されし薬の山や冬深し  植田とよき
被災者の遺品に買ひたての日記  片桐 啓之
もう七日過ぎてしまへり十二月  鈴木 淑子
継ぎ目なき青空十二月八日  小沢 麻結
地図読めぬ女の余生木の葉髮  原田 章代
腰折れとなるまで靡き枯尾花  大橋有美子
ジャンパーの鷲の刺繍のくすみをり  小林 飛雄

紅茶の後で -3月号知音集選後評 -行方克巳

靴下の片つ方ばかりどれもこれも  加藤  爽

女性の靴下の場合、洗濯したあとでどのように整理しておくか知らないのだが、私など似たような色の靴下ばかりでどれが一対なのか訳が分からなくなってしまうことがある。急いでいる時など特にそうである。同じ色で左右をきちんと見分けるのがなかなか難しい。勿論最初から落着いてペアにしておけばいいのだろうが、なかなかそうもゆかないのである。
爽さんのことだから、そんなことにぬかりはないのだろうが、この句は靴下にからめて、ある種の焦燥感を表現しているものと思われる。幾つもの靴下は必ずペアになるべきものがあるはずなのだが、今どれもがその片っぽしか見つからない。気があせればなおのこと、であろう。自分に対するいらだちと無力感無季ではあるが私はなぜか捨て難く思う。

塩焼のぐじの鱗の香ばしく  鈴木 庸子

若狭湾でとれる甘鯛の一塩をぐじというようだ。その塩焼のぐじは鱗が香ばしいという。塩鮭の皮を好む人は多いが、こんがりこげたぐじの鱗がよい香りがするということは、なかなか私のような調理などに疎いものには言えたものではない。この一句から、本当にうまそうな香りが漂ってくる気がする。

ビー玉のやうな象の目十二月  津田ひびき

象は動物園の人気者で、どこにもいるそれほど珍しいものとは思っていなかったのだが、最近その象さんを確保するのが大変難しくなっているという。受け入れ側に、象さんにとって充分な環境が用意されないときは移動できないというのである。旭山動物園かなにかでは、象さんを迎えるために大工事をしていると聞く。それでなくても動物園は、野生動物にとってはまさに檻そのものである。高村光太郎の詩に可哀想な動物園の駝鳥をうたった詩があった。
閑話休題。大きな図体の象であるから、その目はとても小さく感じられるのだが、よく見ると本当に澄んだきれいな目をしている。作者はビー玉に例えたが、十二月という季と相俟っていっそうその目は澄み切って感じられる。

窓下集 - 2月号同人作品 - 西村和子 選

この先は己の始末ダリア伐る  加藤  爽
家中の明かり灯してそぞろ寒  石山紀代子
日輪は褪せ蟷螂は枯れゆけり 井出野浩貴
小春日の手話天を指し沖を指し  久保隆一郎
露草や潮の香ほのとブルックリン 大野まりな
円窓の露の晴れゆく冬紅葉  影山十二香
ちゆら海の碧の変幻夏惜しむ  津田ひびき
金風に佇つ婚礼の一家族  中野のはら
野牡丹の咲きの盛りや小六月  黒木 豊子
碧落一洗上野の秋を惜しみけり  藤田 銀子

知音集 - 2月号雑詠作品 - 行方克巳 選

ビリジアン画布に盛り上げ冬ぬくし  小倉 京佳
束の間の癒しとて旅秋惜しむ  井内 俊二
芭蕉忌やあるがままなる道目指し  松井 秋尚
桔梗の咲けばたちまち中年増  藤田 銀子
藤袴旅の終りの香と思ふ  笠原みわ子
しなやかにしてしたたかや秋桜 村地八千穂
淋しさに虎も啼くらし昼の月  志磨  泉
受付に冬菊活けて御朱印所  村松 甲代
雪螢遊び相手を探しをり  塙  千晴
らんちうの目を開け眠る冬の水  鈴木 庸子

紅茶の後で - 2月号知音集選後評 -行方克巳

ビリジアン画布に盛り上げ冬ぬくし  小倉 京佳

ビリジアンは鮮やかな緑色の絵具。その鮮烈な絵具をこってりとカンバスに盛り上げている。新緑の頃だったら、そういう絵の景はどこにでもあるのだが、すでに冬である。しかしうららかな陽光の下の明るい森のような景が今作者の眼前に広がっているに違いあるまい。絵描きにもかなり大胆な表現をするアーティストだろうが、それを一句にしたときの作者もまたなかなか思い切った描き方をしている。

束の間の癒しとて旅秋惜しむ  井内 俊二

何か大きな 荷重が作者の背にのしかかったあと、その痛手を少しでも忘れようとして、小さな旅に出た。なかなかふっきれないものが心に蟠っているのだが、秋色の野川や山を眺めているうちに、少しずつ心が解れてきたのを覚える。行く秋を惜しむ心は、すでに何日か前の自分ではない—。

芭蕉忌やあるがままなる道目指し  松井 秋尚

翁に、〈此道や行人なしに秋の暮〉の句があるが、秋尚さんは今、俳句作者としてのわが道を模索し続けているようだ。
世俗的な、名刺などに煩わされることなく、本当のあるがままの自分の道を希求している。それこそが芭蕉の風雅に通じる道だということを知った人は、芭蕉さんと一緒の道を歩む人なのではないだろうか。

西村和子著『愉しきかな俳句』
2017/1/28刊行

医師、学者、作家、歌舞伎役者、落語家、CMディレクター、詩人……第一線で活躍する達人十五人と、自身の仕事について、人生について、俳句の魅力について、縦横無人に語りつくす。快活洒脱の対談集!

岸本葉子(エッセイスト)
奥本大三郎(仏文学者・昆虫研究家)
山本道子(料理研究家)
永田和宏(細胞生物学者・歌人)
間村俊一(装幀家)
太田和彦(デザイナー・居酒屋探訪家)
板東三津五郎(歌舞伎役者)
細谷亮太(小児科医)
小森邦衛(漆芸家・人間国宝)
増田明美(スポーツジャーナリスト)
ロバート キャンベル(日本文学研究家)
川上弘美(作家)
中島信也(CMディレクター)
古今亭志ん輔(落語家)
高橋睦郎(詩人)

計15名

窓下集 - 1月号同人作品 - 西村和子 選

雲一朶まとひて気比の今日の月  江口 井子
寒禽も声控へをり虚子御墓所  栗林 圭魚
秋刀魚焼く七輪が好き落語好き  山田 まや
台風裡軒に守宮のへばりつき  松原 幸恵
エプロンに上着ひつかけ御命講  中野トシ子
秋蝶の雨の木陰に探し物  松井 秋尚
新酒酌む無器用な弟子愛すべく  中川 純一
二次会は蕎麦屋の二階新走  影山十二香
うんちくは聞いてゐるふり今年酒  松枝真理子
旨いとも好きとも言わず衣被  藤田 銀子

知音集 - 1月号雑詠作品 - 行方克巳 選

まつさきに象を見にゆく秋日和  中野のはら
街角に突如ジャズ湧き秋祭  島田 藤江
盗人萩黒ストッキングに執したる  栃尾 智子
敬老の日の我が貌はこんな貌  植田とよき
露の世の仮面外せばマンドリル  米澤 響子
強がりは言わず仕舞に草の花  橋田 周子
栗の薄皮剥く甲虫の翅みたい  吉澤 章子
キッチンを片付け我の夜長かな 山本 智恵
面影に添ひてこの街初しぐれ  原田 章代
会ふたびに遠くなる人サングラス  石原佳津子

紅茶の後で - 1月号知音集選後評 -行方克巳

まつさきに象を見にゆく秋日和  中野のはら

象と言えば、まどみちおの「ぞうさんぞうさん おはながながいのね そうよかあさんもながいのよ」がよく知られている。またサトウハチローにも「象のシワ」という詩がある。とにかく大人にとっても子供にとっても象は夢のような存在なのだ。動物園の一番中心になっているのが象舎。私は河馬を必ず見に行くが、象をカットすることは絶対にない。
作者は吟行で動物園を訪れたのであろうが、まっ先に象さんを見に行ったのだ。とにかく理屈ではなくて、子供のことからのなつかしい動物、それが象なのである。ちなみにのはらさんは最近『象のうた』という句集を出版した。

街角に突如ジャズ湧き秋祭  島田 藤江

秋祭というより「オータム・フェスタ」とでも言ったらいいような街の催しである。のんびりと歩いていると街路の一角で突如ジャズが鳴り響いたのである。オープニングの合図になっているのだろうが、その後しばらく街角にはジャズの演奏が流れるのである。最近このようなかたちの祭が随所で見られるようになった。勿論昔通りの秋祭も変わらず行われているのである。

盗人萩黒ストッキングに執したる  栃尾 智子

同じように秋の野原に遊んだのに彼女の黒いストッキングにびっしりと盗人萩がくっついてしまって、一つ一つ取るのにずいぶん手間がかかってしまう。やはりこやつも魅力的な黒いストッキングが好きなんだ。

廣岡あかね句集『りつしんべん
2016/12/25刊行

◆第一句集
悴みて立心偏のゆがみたり

あかねさんの句には随所に女性としてのこまやかで、やさしい心遣いが見られる。しかし、その心奥にはなかなか強いものがあり不可とすることには決して折れない心意気があるようだ。じっと何かに耐えるとき立心偏がゆがむのもそのためであろうかと思う。
(帯より・行方克巳)

◆行方克巳抄出
ゆたんぽを撫でて叩いて買はずに行く
いそいそと若手歌舞伎に春着の娘
つづら屋に膠の匂ひ竹簾
今日の白画布に足しけり花辛夷
木の芽風子は靴下を脱ぎたがる
春の雪降れ降れ用のなきひと日
春浅しカナリア色のエレキギター
剪定の梯子からから伸ばしけり
薔薇の鉢贈られ薔薇の本を買ふ
ギターケースに百円玉千円札落葉

窓下集 - 12月号同人作品 - 西村和子 選

看護婦の笑顔もくすり冬日和  佐貫 亜美
十六夜やわが処女句集届きたる  松枝真理子
蓮開く豊葦原の国にして  江口 井子
今生の午後を大事に吾亦紅  井出野浩 貴
口べたな漢を演じ衣被  久保隆一郎
秋夕焼一葦の水を染め上げし  島田 藤江
天高し働く人は背を丸め  大橋有美子
嘘を吐くことも孝行衣被  影山十二香
一湾の色を違へて野分波  大野まりな
天平の甍皓皓良夜かな  小倉 京佳

知音集 - 12月号雑詠作品 - 行方克巳 選

路地裏の隠れ踊りも風の盆  原 川雀
露の世に太刀笄の蒔絵かな  田久保 夕
国境の村の魔除けのたうがらし くにしちあき
早紅葉の一葉栞りて旅終る  江口 井子
ゆつくりと二百十日の没り日かな 片桐 啓之
神々は健やかなりや新松子  島田 藤江
月光をはらひ胡服の袖袂  中田 無麓
子規庵の玻璃戸に歪む糸瓜かな  田代 重光
魑魅らは闇に退き月今宵  井内 俊二
午後五時の西日に向ひつつ歩む 岩田 道子

紅茶の後で - 12月号知音集選後評 -行方克巳

路地裏の隠れ踊りも風の盆  原 川雀

今、風の盆の人気はすさまじく、その日ばかりは宿泊するホテルや旅宿も満杯状態であるという。私も三度ほど出かけたが、その時からすでに町中が旅客であふれ返るような状況であった。カメラが好きな私は、一旦カメラ目線になると居ても立ってもいられなくなる。カメラ小僧となって踊り子を追いかけてしまい、踊りの列の前の方に体を乗り出してしまう。
ある時、提灯をかざして踊りを先導していた若いのが、「邪魔だ、邪魔だ。写真なら絵葉書を買えばいい」と私をどなり付けた。余程ケンカをしてやろうと思ったけれど、同行の仲間もいることだし、黙って引き下がった。それ以来、風の盆からは遠ざかってしまったのだが、今回の川雀さんの五句で目が覚めたような気持を味わった。
風の盆の隠れ踊りということを寡聞にして私は知らないが、多分町内の踊りの正式なメンバーから外れた何人かが、遠くから聞こえてくる三味線や胡弓に合わせて自分達だけで踊っているのではないかと思う。大勢の観光客に囲まれてまるでスターのように踊る、そのおわら節とは違った路地裏の景に、むしろ風の盆らしさを強く感じるのである。

露の世に太刀笄の蒔絵かな  田久保 夕

一般的に露の世にはいわゆる季語としての働きはない。太刀の鞘とか笄には美事な蒔絵を施したものが多く現存する。いにしえの匠の技は美事としか言いようがない。私は日本刀を愛好しているが、何百年も前に鍛えられた刀身が現在わが前に氷のような光を放つのである。現在でこそ優れた匠達は人間国宝などと高い地位を与えられているが、昔は親の跡をひたすら守って現在まで残るような作品を作り続けてきたのである。どんなことが起り、世の中がどのように変わってゆくかも分からないこの世において永らえている、銘品の一つ一つが私たちの胸に強く印象されて来る。明け方になればホロリと散ってしまう露、その露に例えられる現世に、誰が作ったかも分からない蒔絵の逸品、その秋草の文様にも白露がほのかに光るような、そんな思いがする。この句の「露の世」は単にはかないものという比喩ではなく、ある働きがあることが理解されるだろう。

国境の村の魔除けのたうがらし くにしちあき

唐辛はつんつん天を向いて熟すので「天井まもり」ともいう。「まもり」はもともと目守ルということで、それが守る、護るという意になってきた。我が国ではこの唐辛子が魔除のように飾られることは多いのだが、この句のように外国でも同様に用いられていることはおもしろい。

窓下集 - 11月号同人作品 - 西村和子 選

江ノ電の乗り降り自由切符夏  久保隆一郎
湖に出る道遠し余花にあふ  中野トシ子
百本の堀つ立て柱海の家  米澤 響子
祭鱧逢ふときいつも雨もよひ 井手野浩貴
飛び出でて宙にとどまる草矢かな  松井 秋尚
星雲のほとりに1人キャンプ張る  岩本 隼人
新涼の銀座新調の上衣着て  國司 正夫
蓮の葉に触るれば銀の粒こぼれ  植田とよき
胃と腸と目と歯の検査秋暑し  馬場 白州
ビール酌む恋の話に尾鰭つけ 前山 真理

知音集 - 11月号雑詠作品 - 行方克巳 選

ねえと呼びかけてしまへり夜の秋  小林 月子
「ラジオ体操第一」八月十五日  國司 正夫
草も木も押し黙りをり朝曇  磯貝由佳子
免許証返上しぶり生身魂  河内  環
蜜豆や長女はなべて矩越えず  井出野浩貴
滝落ちて落ちてすつくと立ち上がる  中川 純一
芒野は光うつろひゆくところ  小山 良枝
時の日や手足を伸ばすお腹の子  青木あき子
この赤はつやつやの唐辛子色  山本 智恵

紅茶の後で - 11月号知音集選後評 -行方克巳

ねえと呼びかけてしまへり夜の秋  小林 月子

月子さんはこの七月にご主人を亡くされた。何かにつけて二人相談し、結論を出すという日常で、最も頼りになる人であったことは、他の句からも、また常日頃の彼女の落ち着いた言動からも推測に難くない。葬儀も了ってしばらくたった今も、呼び掛ければすぐに答えてくれるような気がする。昼の暑さも少し遠のいて、夜には少し肌寒さを覚えるような時、ふと思い付いたことがあり、思わず「ねえ!」と声に出してしまった。彼に聞いて欲しいことがあり、それが無意識のうちい言葉になってしまったのだ。
窪田空穂に、<人呼ぶと妻が名呼べり幾度をかかるあやまちするらむ我は>という歌があることを私は思い出していた。

「ラジオ体操第一」八月十五日  國司 正夫

ラジオ体操というのはまさに国民的といってもいいほど、日本人の共通の社会現象になっている。私も小学生の頃から高校生になるまで、スポーツ大会の準備運動として必ずこれをやってきた。夏休みなど、各町内会毎に早朝のラジオ体操に参加させられた記憶もある。そのラジオ体操の第一が、終戦記念の八月十五日の今日もスピーカーを通じて聞こえてくる。
思えばこのラジオ体操が敗戦国日本をずっと鼓舞し続けてきたような、そんな思いさえするのである。

草も木も押し黙りをり朝曇  磯貝由佳子

朝からどんよりと曇っている日は決まって暑い一日になるものである。全く風もなく、草や木は静まり返って物音もない。そういう様子を「押し黙り」という擬人法を用いて的確に表現した一句である。むんむんと蒸した今日一日がいやでも思いやられる。

中野のはら句集『象のうた』
2016/11/25刊行

◆第一句集
大阪が好きで嫌ひで蝉しぐれ
のはらさんのくったくのない俳句が私は好きだ。

銀杏枯れもうええやろと父逝きぬ
「もうええやろ」とは看取られる者の本音でもあり、感謝でもある。

終弘法ただでも要らぬ物も売り
一つの方向に固まらず、これからも自由にしかもつきつめた句を読み続けていって欲しいと思う。
(帯より・行方克巳)

◆自選十句より
寒灯を消させて父の身罷りぬ
うららかや象を見ながら象の歌
そこら中たんぽぽそこら中古墳
ポケットをあたためてゐる木の実かな
ショッキングピンクの春のショール欲し
何か言ひたくて黙りぬ梅真白
雲水の寒林を出で来たるごと
我を待ちくるる人ゐて冬あたたか
さりながら残花といふは痛々し
はつ夏の人見るためのカフェテラス