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◆特選句 西村 和子 選

爽やかや句を待つ手帳あたらしく
松井伸子
俳句を書き込む句帳を新調した作者。その心躍りを書いた句であるが、注目したいのは手帳を擬人化したことである。句帳に俳句を書くことで、命を吹き込むことにもなるのだ。最近は俳句をスマホに入力する人も多いが、改めて紙の手帳のよさを感じる句。(松枝真理子)

 

はぐれたる人を呼ぶ声茸狩
若狭いま子
茸狩に出かけた作者であるが、どこからか誰かの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらはぐれてしまった仲間を探しているらしい。その必死な声に、何となく不安になってきた作者。人声がはっきり聞こえてくるのは、それだけ空気が澄んでいるからで、場所柄もわかる。(松枝真理子)

 

秋日差す姫宮の部屋こぢんまり
飯田静
庭園美術館の朝香宮邸のような建物を想像した。広くてきらびやかな居間や食堂、応接室などとは違い、姫君の部屋はこじんまりして意外と質素だったことに驚いたのだ。とはいえ、その部屋は秋日が燦燦と降り注いで、明るく健康的な感じがする。(松枝真理子)

 

音立てて流るる小川赤蜻蛉
鈴木ひろか
いつもは静かな小川だが、今日は水嵩が増しているらしい。その瀬音に誘われて川べりに立った作者。すると、いつになく赤とんぼがたくさん浮遊している様子に心がひかれたのである。音読するとわかるが、いくつか韻を踏んでいて調べも軽快な句である。(松枝真理子)

 

空の色刻々変はり秋の夕
鎌田由布子
夕方は主婦の忙しい時間帯だ。作者も買い物に行ったり、夕飯の支度をしたりして過ごしている。一息ついたり手を止めたりするたびに、何気なく窓の外を見る。さきほどまで明るかったのが夕焼空となり、あっという間に辺りは真っ暗になり、見るたびに空の色が変わっていることに改めて気づいた。「刻々」という表現が、その様子をうまく表している。(松枝真理子)

 

広辞苑終ひは「ん坊」夜の長き
辻本喜代志
一読、作者はことばそのものに興味のある人だとわかる。夜長の時間を、「広辞苑で最後に掲載されている語句は?」などと知的好奇心から辞書をめくっているのだ。電子辞書ではなく、紙の広辞苑を使っているからこその発見である。(松枝真理子)

 

小鳥くる絵筆さしたるマグカップ
小山良枝

 

すれすれを飛び交はす鳥秋の水
藤江すみ江

 

をさなごは夢を見てゐる木の実降る
松井伸子

 

内海の潮目くつきり涼新た
鎌田由布子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

秋郊や浮雲の影そこここに
鈴木ひろか

月渡る工場街はすでに影
森山栄子

下駄の裏ちらりと見せて阿波踊り
若狭いま子

かなかなや遠くより呼ばるるごとし
小山良枝

開け放つ天守に蜻蛉迷ひ込む
若狭いま子

堂洩るる読経微かや萩の花
(堂を洩る読経微かや萩の花)
三好康夫

落蝉の腹は空洞秋の風
中山亮成

かなかなや死後の世界を説くやうに
辻本喜代志

稲妻や夫は喜び猫は逃げ
(稲妻を夫は喜び猫は逃げ)
石橋一帆

草花の息吹き返し涼新た
鎌田由布子

かなかなや墓苑の門を出づるまで
若狭いま子

吟行へ誘ふLINE来獺祭忌
松井洋子

毒含む言葉の甘し一位の実
(毒包む言葉の甘し一位の実)
小野雅子

フライパン二つ並べて秋刀魚焼く
(フライパン二つ並べて秋刀魚焼き)
佐藤清子

満月の周りを雲の楽し気な
松井伸子

月今宵スカイツリーのおもちゃめく
箱守田鶴

早々と露天商来て萩の寺
三好康夫

むら雲の消えかつ生まれ月今宵
(むら雲の消えかつ生まれして良夜)
田中花苗

来ましたとつぶやくごとく墓洗ふ
荒木百合子

両脛に腕にタトゥー秋暑し
松井伸子

秋めくや体内時計巻き戻る
(秋めくや体内時計の巻き戻る)
福原康之

涼新たスカーフも入れ旅鞄
小野雅子

滝音のやがてやさしき瀬音かな
福原康之

秋風と入りし朝のチャペルかな
鈴木ひろか

新しき句帳を持ちて秋の旅
深澤範子

朝風や鷹の渡りを観に行かむ
木邑杏

秋の色眼鏡へ息を吹きかけて
(眼鏡へと息吹きかけて秋の色)
平田恵美子

吾亦紅凭れあふほかなかりけり
小山良枝

ラ・フランス匂うてくるも絵は成らず
(ラ・フランス匂ふてくるも絵は成らず)
平田恵美子

虫時雨ホームに始発待ちをれば
小野雅子

学校は上屋敷跡涼新た
飯田静

小鳥来る朝日の中の診療所
深澤範子

草の花程良く隔て椅子二つ
(草の花程良き距離に椅子二つ)
小山良枝

芒原犬立ち止まり耳立てて
鏡味味千代

自画像の目を剥きてをり獺祭忌
箱守田鶴

蜻蛉や選手の足をすり抜けて
(蜻蛉の選手の足をすり抜けて)
鏡味味千代

職員室夜業の窓の皓々と
松井洋子

遠花火大輪開きそれつきり
小野雅子

半農の暮しを継いで稲を刈る
森山栄子

藤袴大きく揺らし黒衣過ぐ
板垣もと子

秋彼岸あつあつのお茶供へけり
箱守田鶴

提灯の月へ連なり里祭
巫依子

雲水の背(そびら)押し行く秋の風
(雲水の背中押し行く秋の風)
田中花苗

彼の世より届く便りや曼殊沙華
水田和代

秋草の影くつきりと木道に
鈴木ひろか

シャンパンの泡の向かうの秋の空
鎌田由布子

お揃ひの手ぬぐひ首に村祭
鏡味味千代