初桜立ち出でて子はふり向かず
西村 和子
『句集 心音』 角川書店 2006年刊 より
客観写生にそれぞれの個性を
『句集 心音』 角川書店 2006年刊 より
『句集 無言劇』 東京美術 1984年刊 より
「知音」2019年6月号 知音集 より
「知音」2019年6月号 知音集 より
「知音」2019年6月号 知音集 より
「知音」2019年6月号 知音集 より
「知音」2019年6月号 知音集 より
冬の虹みづうみに生れ寸足らず
小野 雅子
【講評】夕立などの後に見ることの多い「虹」は夏の季語だが、冬にも立つことがある。寒々しい空に現れる冬の虹は七色も淡いが、幸運にも出会えた喜びと、儚く消えた後の寂しさは心に残るものである。
時雨が通り過ぎた湖に虹が立った。それだけでも印象的な光景であるが、このように言われると、堂々とした夏とは違い、片脚が空の彼方に架かるほどの大きさでもない虹の様子が伝わってくる。まるで湖が未熟児のような虹を産んだかのようだ。そしてこの後すぐに消えてしまうことも想像できる。「寸足らず」の手柄である。(高橋桃衣)
春休み持てる分だけ本を借り
長坂 宏実
【講評】夏休みのように宿題や課題もなく、冬休みのように寒さや親戚の集まりもなく、春休みは自分の為の時間がたっぷり。さあ本を借りて帰ろう。でも無理してまで持つことはない。読み終わったら返して、また次を借りればいいのだから。「持てる分だけ」という表現からそんな声が聞こえてくる。(高橋桃衣)
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ
三好 康夫
【講評】麒麟は首も足も長いが、舌も長くて50センチほどもある。その舌で木の枝や葉を巻き込んで口に入れモグモグするのだから、よく舌を噛まないなあと感心していたが、その舌の丸め方を、「らりるれろ」と言われて、なるほどと思った。
Rの発音の舌なのだ。これならば口に収まる。しかもRの音は柔らかな響きを持っている。のんびりと反芻する麒麟の舌は、春ののどかさと響き合っている。暖かなひと日、反芻している麒麟を眺めていた作者には、らりるれろ、と語りかけてくる麒麟の声が聞こえたに違いない。(高橋桃衣)
暖かや牛舎の屋根を猫歩み
山内 雪
【講評】牛の面倒は毎日みる必要があるので、牛舎は人の住まいからそれほど離れてはいないだろう。だから時には飼い猫も牛舎を歩き回っている。食用牛は繋がれたまま太らされることも多いと聞くが、この句にはそのような悲惨さは感じられない。暖かくなって青々としてきた牧場で、牛は草を食んで自由にしていることだろう。日の燦々と当たる屋根の上の、この猫のように。(高橋桃衣)
暖かと言ひて娘の訪ひくるる
小野 雅子
【講評】 今日は暖かいわねと言って娘がやって来た、というのであれば、暖かい日だから実家にでも行こうと思って来たということだろうが、来てくれた、というのだから、さりげなく様子を見に来てくれた娘の気持ちが、作者には何よりも「暖か」に感じられたということなのである。(高橋桃衣)
( )内は原句
子の言葉振り切つて行く初仕事
鏡味 味千代
不自然に自然装ふ受験の子
島野 紀子
水仙や岬を廻る風の音
冨士原 志奈
山並の王冠の如初景色
森山 栄子
退職の話切り出す冬の暮
長坂 宏実
室咲や美容師に告ぐ密事
小野 雅子
(室咲や美容師に言ふ密事)
あたたかや寺の幟に惚け封じ
黒木 康仁
(あたたかや寺の幟にゃ惚け封じ)
成人の日ぞ還暦の警備員
冨士原 志奈
冬の星森に木霊を眠らせて
小野 雅子
瓦礫へとエンドロールのごとく雪
黒木 康仁
(瓦礫へと雪降りゆきつエンドロール)
逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽
鏡味 味千代
(逆さ富士袈裟斬りにする鴨三羽)
藪叫ぶ伊吹颪や旅枕
辻 敦丸
(藪叫ぶ伊吹颪か旅枕)
服薬を規則正しく冬籠
小野 雅子
冬満月我にピアノが弾けたなら
長谷川 一枝
初場所や一万人の拍手浴び
鏡味 味千代
廃校に兎ゐぬ小屋残りたる
冨士原 志奈
(廃校に兎なき小屋残りたる)
愛されることなかりしか浮寝鳥
山田 紳介
初雀駒送りの如ついばみて
森山 栄子
(コマ送りの如ついばみて初雀)
暖かや虎が真白き腹を見せ
黒木 康仁
ファックスで届く清記や冬ごもり
山内 雪
あたたかや川面にゆるる橋のかげ
三好 康夫
あたたかや鰐うす目して動かざる
松井 洋子
暖かやすることもなき日曜日
山田 紳介
暖かや楽屋の窓も開け放ち
鏡味 味千代
音もなく降る雨ぬくし母の庭
松井 洋子
暖かや井戸端会議復活す
長坂 宏実
あたたかや振り子ゆるりと大時計
中村 道子
度の合はぬ眼鏡外して暖かし
小野 雅子
牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり
冨士原 志奈
(牡蠣割れば三陸の潮匂ひ初む)
あたたかや雁木に船の過ぎし波
三好 康夫
暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡
辻 敦丸
初場所や贔屓力士は小兵なり
長谷川 一枝
北国育ち手が覚えをる頰被
小野 雅子
(北国の手が覚えをる頰被)
各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。
■山内 雪 選
初電話語尾より訛りはじめたる 栄子
どなたかな父に問はれし春おぼろ 康仁
あたたかや墓苑に逢うて二従兄弟 康夫
成人の日ぞ還暦の警備員 志奈
☆松過の門のすつぴんめいてをり 志奈
門松や注連飾りのなくなった門をすっぴんとはいかがなものか、と思いきやこの比喩はおもしろいと納得してしまった。
■小野 雅子 選
犀の子の角の萌しもあたたかし 洋子
春休み持てる分だけ本を借り 宏実
暖かや牛舎の屋根を猫歩み 雪
暖かや夫にやさしき看護生 雪
☆子の言葉振り切つて行く初仕事 味千代
辛い。子育てしながら仕事をしているお母さん、皆の胸を打つ句だと思います。でも、それも一時、子供はあっという間に大きくなり、すべてが思い出に。初仕事に緊張感があるところも好きです。
■森山 栄子 選
山眠るメタセコイヤの雨しづく 敦丸
鼻先を風に委せる狐かな 志奈
春休み持てる分だけ本を借り 宏実
冬の虹みづうみに生れ寸足らず 雅子
☆易々と生きられぬとて日向ぼこ 優美子
易々と生きられぬとは、様々な出来事を経てこその感慨だと思う。厳しさのある措辞に日向ぼこという季題が加わり、軽みや人間行動の普遍性といった奥行きが感じられた。
■三好 康夫 選
服薬を規則正しく冬籠 雅子
ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子
北国育ち手が覚えをる頬被 雅子
冬の虹みづうみに生れ寸足らず 雅子
☆暖かと言ひて娘の訪ひくるる 雅子
すらすらと詠まれていて、親子の情が伝わってまいります。いいですね。
■藤江すみ江 選
逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽 味千代
犀の子の角の萌しもあたたかし 洋子
音もなく降る雨ぬくし母の庭 洋子
七草や米の白さを際立たせ 範子
☆暖かや虎が真白き腹を見せ 康仁
昼寝であろうか、猛獣の無防備な姿に作者は温かみを感じている。
着眼が素晴らしいです。
■鏡味 味千代 選
暖かや虎が真白き腹を見せ 康仁
室咲や美容師に告ぐ密事 雅子
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ 康夫
寒禽の雲の光れるあたりまで 優美子
☆春休み持てる分だけ本を借り 宏実
「持てる分だけの本」の量が、春休みの長さを表している。この本を返す頃には、新しい学年、新しい環境になっていることだろう。
そして本の中を旅した分、自分も少し新しくなっている。夏と冬と比べるとちょっと地味な、でも等身大の幸せを感じる春休みらしい句だと思いました。
■長谷川 一枝 選
暖かや楽屋の窓も開け放ち 味千代
暖かき女医のひとことさりげなく 道子
底冷や經典朗々日没偈 敦丸
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ 康夫
☆音もなく降る雨ぬくし母の庭 洋子
下五の母の庭で、一人暮らしをしている母上を遠くから優しく見守る作者の暖かい心を感じました。
■島野 紀子 選
叡山の藍を浮かべて冬霞 雅子
山人の古び狸の古びる夜 志奈
底冷や經典朗々日没偈 敦丸
牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり 志奈
☆暖かと言ひて娘の訪ひくるる 雅子
今日はお出かけ日和でどこ行こう?で浮かんだ母の顔。お嬢さんの優しさが季語と重なって共感出来ました。
■千明 朋代 選
あたたかや戸口漂ふ夕餉の香 すみ江
暖かやすることもなき日曜日 紳介
ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子
あたたかや答なき問ひそのままに 優美子
☆音もなく降る雨ぬくし母の庭 洋子
草花を好みお庭の手入れが行き届いている素敵なお母様の庭。雨が降り一層草木が生き生きしている様子が目に浮かびました。
■松井 洋子 選
寒禽の雲の光れるあたりまで 優美子
冬の虹みづうみに生れ寸足らず 雅子
初電話語尾より訛りはじめたる 栄子
おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介
☆受験子の帰りを待ちぬ一番風呂 紀子
詠み手の気持ちの強さが伝わる佳句。受験子の帰りを今か今かと待っている家族は描かず、一番風呂にすべてを語らせているところが魅力だ。我が家の十余年前の実景でもあり、懐かしく微笑ましく思った。
■山田 紳介 選
あたたかや「の」の字のーとに書きつらね 一枝
冴ゆる夜のどこの誰でもない私 味千代
あたたかや雁木に船の過ぎし波 康夫
制服の採寸終へてあたたかし 洋子
☆あたたかや麒麟の舌のらりるれろ 康夫
もし麒麟が人間の言葉を話すとしたら、きっと「らりるれろ」に違いない。楽しい想像の一句。
■辻 敦丸 選
不自然に自然装ふ受験の子 紀子
あたたかや雁木に船の過ぎし波 康夫
北国育ち手が覚えをる頬被 雅子
冴ゆる夜のどこの誰でもない私 味千代
☆おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介
似合うかな...、気恥ずかしいのか時折見かける風景である。
■中村 道子 選
あたたかや鰐うす目して動かざる 洋子
暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡 敦丸
北国育ち手が覚えをる頬被 雅子
冬の星森に木霊を眠らせて 雅子
☆大寒に生まれし命抱きしめる 優美子
一年で最も気温が低い時期と言われる大寒に生まれた赤ちゃん。両腕に抱いた赤ちゃんの柔らかく温かな感触、匂い、生命の神秘。
これから歩む人生に思いを馳せ、その愛おしきすべての思いを「命抱きしめる」と表現されたことに惹かれました。
■深澤 範子 選
ラジオより流るる師の声あたたかき すみ江
暖かや夫にやさしき看護生 雪
冬の虹みづうみに生れ寸足らず 雅子
愛されることなかりしか浮寝鳥 紳介
☆暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡 敦丸
舟下りだろうか? 暖かな一日、船頭さんは鼻眼鏡でのんびりと舟を漕ぐ。ゆったりとした情景が浮かんでくる一句である。船頭の唄も聞こえてくるようである。
■チボーしづ香 選
あたたかや戸口漂ふ夕餉の香 すみ江
冬雲のひとつはぐれてしまひけり 優美子
逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽 味千代
どなたかな父に問はれし春おぼろ 康仁
☆春休み持てる分だけ本を借り 宏実
状況と季節感が明快で、喜びとやる気の感情も素直に詠まれている。
■黒木 康仁 選
あたたかや鰐うす目して動かざる 洋子
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ 康夫
牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり 志奈
北国育ち手が覚えをる頬被 雅子
☆逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽 味千代
湖という詞を使わずに湖が浮かび出てきます
■長坂 宏実 選
暖かや楽屋の窓も開け放ち 味千代
春の雪手早く替ふる墓地の花 道子
暖かや行きたき旅の締め切られ 朋代
休み前葱の大束買ひにけり 範子
☆度の合はぬ眼鏡外して暖かし 雅子
度が合わない眼鏡を外すことで疲れがふっと軽くなる様子がよく分かりました。春の暖かい気候の中ではそのまま寝てしまいそうです。
■冨士原 志奈 選
度の合はぬ眼鏡外して暖かし 雅子
春休み持てる分だけ本を借り 宏実
暖かや子より教はる童歌 味千代
初電話語尾より訛りはじめたる 栄子
☆ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子
ドロップ缶は、確かに軽やかな音ではなく、ゴトゴト。でも、確かに、他のどの季節でもなく、春のあたたかさを感じます。
■田中 優美子 選
あたたかや振り子ゆるりと大時計 道子
服薬を規則正しく冬籠 雅子
おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介
子の言葉振り切つて行く初仕事 味千代
☆初電話語尾より訛りはじめたる 栄子
郷里への電話だと分かる。忘れたつもりでも、つい出てしまう訛りに愛しさを感じました。
初心のうちは、季重なりに注意しましょう。それは、あなたが季語であることを知らずに用いている場合が多いからです。その結果、一句の中に季語が二つも三つもある、というような句が出来てしまうのです。
歳時記をくりかえし読んで、季語にどんな言葉があるかをよく知ってください。そうすれば大方の季重なりが避けられるでしょう。季重なりにならないよう注意しているうちに、季語の多様さも大切さもわかって来るでしょう。
季語は一句の中心となる言葉です。そこに焦点が集まっているのだと言ってもいいでしょう。季語によって、私達は一句に描かれたものの周囲の空気や、空の色や風の冷たさ、暖かさ、その他の様々な気配を想像することができるのです。ですから一句に季語はひとつで充分なはずです。二つも三つもあると、焦点が二つにも三つにもなって、結局は何を言わんとしているのか、ぼやけてしまうということになるのです。
まして、季節の違う季語が一句の中に二つ以上あると、一体どういう時期なのか、わからなくなることがあります。
ひとつの物事に焦点を合わせて、的確に表現する、この練習をしておくと、やがて想像の世界が広がってゆく奥深い俳句も作れるようになります、季語は、その核となる重要な言葉ですから、季語を知ることがまず大切なのです。
西村和子著「添削で俳句入門」(NHK出版より)
今回の投句には、季重なりが多々見られました。
「おぼろ」は春の季語ですので「春おぼろ」と言う必要はありません。
また、「神楽」「ラムネ」「進級」は季語だと知らずに使われたように思います。
「知音」2019年6月号 知音集 より
「知音」2019年6月号 知音集 より