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蘆の角  行方克巳

鳥雲に入る新宿の目に涙

この池の一羽と一人春時雨

残されし鴨の水尾ひく光かな

振り返る他人の空似沈丁花

何か建つまでのたんぽぽ黄なりけり

町空の汚れ易くて花辛夷

末黒野の一番星すぐ二番星

根の国の波のざぶりと蘆の角

 

桜隠し  西村和子

うつし世の憂ひは去らず西行忌

円位忌の月の鏡の曇りなき

初蝶の残像のなほ光撒く

返稿をいちにちのばし春寒し

しんと咲き増ゆる今年の桜かな

ひと夜さの桜隠しを目のあたり

せつせつと桜隠しのささやくよ

我が窓を目がけ落花か雪片か

 

◆窓下集- 5月号同人作品 - 西村 和子 選

故郷の長兄の逝き年つまる
千葉美森

森に棲むものとわかちて冬の水
井出野浩貴

女正月やんちや盛りも加はりて
小池博美

隠るるも美徳なるらむ竜の玉
植田とよき

足止めの豪華客船春寒し
前山真理

人見知りされて泣かれてお元日
井戸ちゃわん

寒鴉タワーマンション縫うて飛び
帶屋七緒

鶯餅食うて男の生返事
影山十二香

ビーナスの生まれし海の寒夕焼
岩本隼人

都鳥群れ舞ひ築地明石町
島田藤江

 

◆知音集- 5月号雑詠作品 - 行方 克巳 選

冴返るルビンシュタイン聞く看取り
栃尾智子

早春や子にオムライス母美人
中川純一

天神下の魚屋に寄り梅日和
中野トシ子

唇の動き読めたり春の夢
小沢麻結

年寄の一つ年取る雑煮かな
立花湖舟

梅咲いて死んでしまつたやうな家
原 川雀

微笑みに返す瞬き水温む
馬場繭子

薄氷光となるをためらはず
櫻井宏平

暴雪のその前ぶれの空真青
増田篤子

上の子のねび勝りたる御慶かな
前田沙羅

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳

寒紅をさして貰ひて母小さし
栃尾智子

美しく死化粧をほどこされ口紅をさして貰ってちんまりと横になっているお母さん。生前、それもこの10年程のことは色々と智子さん自身から聞かされていたのだが、とても自由闊達に日常を、わが時間を生きて来られた人のようである。彼女の海外旅行の話など、例えて言えば斎藤茂吉の奥さんみたいだねなどど楽しく聞いたものである。この何年かは、ずいぶん智子さんを頼り切って、智子智子というような毎日だったように推測する。そのお母さんが今、本当に安心しきった表情を浮かべて作者の前に横たわっているのである。

浅春や昼酒の酔ひ顔に出て
中川純一

句会の前などに、提出句が出来てしまうと一杯ひっかけて来る人が結構いるもので、それが顔に出なければいいけれど、作者のように、それほどの量飲んでいなくても一目でそれと知られる場合がある。少し改まった会議などは自分でも不都合だと思うのである。顔に出る、といえば、心中穏やかならざる時など、私などすぐにそれが態度に出てしまう。すこしのらりくらりとして自分を制御しなければと思うのである。

母をればこの紙雛きつと買ふ
中野トシ子

雛を売っている所ではあるが、何段飾とかいう本格的なのではなくちょっとした小さな雛とか、紙製のとかを売っている店である。作者もはじめからそういうきちんとした雛を買うのが目的でそこに来たわけではないので、色々な売場を覗いているうちに折しも雛の節句をひかえた頃というので、ひとつコーナーに雛人形が置いてあり、その一つの紙雛に目を止めたのである。
もしお母さんが一緒だったら間違いなくこの可愛い紙の雛人形を買うに違いない、とそう思ったのである。