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2025年4月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

ゆるゆると夜へ流るる春の雲
松井洋子
伸びやかに浮かぶ春の雲を眺めていると、寒い間緊張していた体も心も緩む。
空が暮れていくのも、雲が流れるのもゆったりとして、他には動くものもないような遅日の夕暮を、「夜へ流るる」と表現したところがこの句の眼目。
穏やかで何事もなく終わろうとしている一日、作者の心の落ち着きも感じられる。(高橋桃衣)

 

シスターのひそひそ話春めけり
五十嵐夏美
水が温み、木々が芽吹き、万物が息を吹き返す頃、人も活動的になる。
作者は、シスターが仲間と内緒話をするかのように話している様子を見て、春らしくなったなあと感じた。修道生活を送り、一人静かに歩く姿が印象的なシスターだからこそ、より感じたことだろう。(高橋桃衣)

 

いつもよりゆっくり歩く春の宵
鎌田由布子
取り立てて急いで帰ることもない。大気も生暖かい。花の香もする。「春宵一刻値千金」と言われる春の宵だ。遠回りするほどではないけれども、少しゆっくり歩いて帰ろう、という心の華やぎが伝わってくる。(高橋桃衣)

 

雪残り富士の襞までつまびらか
鏡味味千代
「富士の雪解」は夏の季語だが、この句は、雪が解け始めて、ごつごつとした縦の筋と山肌がはっきり見え出す頃の富士山の様子だろう。「つまびらか」で、富士山の全容が眼前に浮かぶ(高橋桃衣)

 

浮かびたる言葉とけゆき春の雲
小野雅子
棚引くような春の雲はもちろん、ぽっかりと浮かんでいる雲も、冬のような硬さはなく、ほぐれては空にとけていく。
作者は句を案じて雲を見つめていたのだろう。そこでふと浮かんだ言葉は、春の雲のように空にとけていってしまったのだろうか。頭の中に浮かんで、消えていったのかもしれない。
長閑な春の、少々ぼうっとした気分を楽しんでいる作者である。(高橋桃衣)

 

トンネルを出で春の闇さらに濃く
鏡味味千代
トンネルの中は、街灯がついていても暗いが、トンネルを抜けたところは、街灯もない、月も出ていない本当の闇だ。しかし、木々の匂いがする。花の香りもして、瑞々しい感じがするという。
「春の闇」とはそういう闇である。ちなみに、「冬の闇」「夏の闇」「秋の闇」など、他の季節では使われない。(高橋桃衣)

 

風光る千本松のその先へ
福原康之
「千本松」とは、たくさんの松が綺麗に植えられているところ、あるいはその松の木をいうが、春の光に満ちた松林に、風が吹いているだけではなく、その松林の向こうまで風が渡っていくと描写したことで、広い、まばゆい光景が目に浮かんでくる。(高橋桃衣)

 

早梅の小枝を揺らす番かな
森山栄子
「早梅」は晩冬の季語で、「冬至梅」のような種類ではなく、冬のうちに早々咲き出した梅のことをいう。
春を待てずに咲き出した梅の木に、小鳥が二羽来ている。目白の番だろう。次々と梅の花の蜜を吸っている様子を、「小枝を揺らす」とポイントを絞って表現したことで、鳥の蜜を吸う姿も、鳥影も見えてくる。春はもうそこまで来ている、という明るさも感じる。(高橋桃衣)

 

転読の声天界へ節分会
三好康夫
節分会の読経が響き渡っている。それを「声天界へ」と言い切った表現が効果的。まるで天に届くかのように、などと遠慮っぽく言うと説明的になる。この表現で、声の強さも、辺りに満ちていることも伝わる。
読経が終わると、いよいよ豆撒きが始まる。(高橋桃衣)

 

氷瀑をくねらせ龍の滑りくる
佐藤清子
「氷瀑」は寒さで凍りついた瀧のこと。時間をかけて凍るため、何層にもなっていて、透き通った氷の塊というわけではない。作者が見ている氷瀑は、まるで龍がくねっているかのような模様になっているのだろう。時が止まったかのような氷瀑を、龍が体をくねらせながらつるつると滑り降りてくるとは、楽しい発想だ。
私にはこう見える、とはっきり表現することで、見たことのない読者は想像することができる。(高橋桃衣)

 

一握の藁に始まる野焼かな
奥田眞二
「野焼」は初春の季語で、野や土手や畑などの枯草を焼いて、土の栄養とし、新しい草の出をよくしようというもの。
一握りの藁に火をつけて、そこから次々と火が広がっていくということを、要領よく17音で描いた作品。
山火事が日本でも多かった今年、野焼が原因でないことを祈っている。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

節分の鬼より貰ふ菓子袋
(節分や鬼より貰ふ菓子袋)
片山佐和子

点滴を終へて見上ぐる春夕焼
松井伸子

不忍の池に一泊鳥帰る
石橋一帆

雉子の声遠くに聞こゆ春寒し
(春寒し遠くに聞こゆ雉子の声)
深澤範子

小流れは今も変はらず蕗の薹
松井洋子

下萌や向かうの畦も萌えそめし
小野雅子

水仙や幽き風に揺れ止まず
飯田静

探梅の山の向かうも空青し
松井洋子

春の雪センサーライトまた灯り
松井洋子

クロッカス黄色いきなり笑ひ出し
(クロッカス黄色いきなり笑い出し)
佐藤清子

囀りを聴くために来るカフェテラス
(囀りを聴くためにゐるカフェテラス)
片山佐和子

豆皿に遊ぶ唐子や春隣
森山栄子

鈍色の空を擽る欅の芽
中山亮成

焼き立てのキッシュ菠薐草の深緑
木邑杏

雛壇の小さき調度にひざまづき
(雛展小さき調度にひざまづき)
水田和代

顔に母のおもかげ雛飾る
片山佐和子

山巓へ料峭の雲ちぎれゆく
(山巓に料峭の雲ちぎれゆく)
若狭いま子

文机に朱の絹一枚雛飾る
(文机に朱の絹一枚雛飾り)
箱守田鶴

幾たびもカード占ひ春灯
鈴木ひろか

水草生ふところどころに泡浮かみ
(ところどころ泡の浮かみて水草生ふ)
板垣もと子

朧夜の誘導灯の見え隠れ
鎌田由布子

春耕の土ふかふかと甘さうな
松井伸子

まんまるにはなびら重ね梅つぼみ
(梅つぼみはなびらまんまるに重ね)
板垣もと子

留守番を雛に任せ入院す
松井伸子

探梅や獣道より人の声
松井洋子

台所夫に任せ春セーター
鏡味味千代

長閑けしや米つぶ撒けばすずめ来て
(長閑けしや米つぶ置けばすずめ来て)
石橋一帆

天神の梅より白し綿帽子
箱守田鶴