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知音 2024年12月号を更新しました


草の花  行方克巳

朝な朝な凝りたる血か七竈

櫨紅葉真つ赤な嘘であつてもいい

もう誰も待たぬ桟橋雪螢

堕ちてゆく堕ちてゆくよと雪螢

蝦夷富士にかめむしが貼りついてゐる

露芝を踏んでカインの裔ならず

タケオでもアキコでもなく草の花

心中はむごい終活草の花

 

遺 構  西村和子

秋風に解き放たれし裸馬

嘶きて散らしたりけり赤とんぼ

競馬場遺構厳つし小鳥来る

赤蜻蛉百の一つもぶつからず

秋灯を塗り籠め茶屋街西ひがし

城垣を囲む山垣秋霞

秋深しここにも天守物語

存在の危ふき蜘蛛も我らとて

 

丹 田  中川純一

丹田に坐禅の手印小鳥来る

こほろぎや校舎のここらいつも影

野菜室娘の梨が隠れをり

翅広げたればサファイア秋の蝶

待ちかねてをりたるごとく雪螢

剥き出しの地層より立ち紅葉濃し

生きのびし無残またよし蔦紅葉

山雀は人好きな鳥首傾げ

 

 

◆窓下集- 12月号同人作品 - 中川 純一 選

唐黍の捻くれ粒の押し合へる
大橋有美子

台風ののろのろ進む山の雨
高橋桃衣

新涼の畳百畳拭き清め
影山十二香

ビルの灯の定時に消えて月今宵
三石知左子

碁会所のたつたひとつの扇風機
田代重光

ユニオンジャック船尾に靡き秋の声
佐瀬はま代

敬老日関町小町舞ふが夢
山田まや

蓮の実の飛んでど忘れパスワード
米澤響子

アラバマの闇の深さよ虫時雨
井出野浩貴

ゆくりなく座席譲られ菊日和
小野雅子

 

 

◆知音集- 12月号雑詠作品 - 西村和子 選

教会の扉の重き残暑かな
くにしちあき

馬に水飼ひたき汀葛の花
井出野浩貴

縁側も父母も亡し西瓜切る
影山十二香

ペディキュアの桜貝めく素足かな
磯貝由佳子

自転車は杖の替りや夏痩せて
井戸ちゃわん

衣被吾を最後に女系絶ゆ
松井洋子

教会の裏どくだみの花散らし
杢本靖子

短夜の夢より覚めて生きてゐし
山田まや

改札に急ぐ者なし秋うらら
月野木若菜

ぺたぺた歩きぱたぱた走り跣足の子
松枝真理子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

灯火親し仮名で書かれしものがたり
くにしちあき

読書の秋に読んでいるのは「源氏物語」か。言われてみると、平安時代の物語はすべて仮名で書かれていた、その時代、物語の社会的価値は低く、文学と言えば漢詩が男性の教養の筆頭だった。女子供が楽しむ物語は、どちらかというと馬鹿にされていた節がある。
しかし千年経った今、源氏物語は世界に誇るべき最初の長編小説である。フランス語の翻訳に長い事携わっていた作者には、「仮名で書かれしものがたり」に、私たちには計り知れない思いがあるのではないか。

 

 

肖像のレースに触れてみたくなる
磯貝由佳子

この肖像画は古いものに違いない。したがってレースも手編みであろう。ヨーロッパでは繊細なレースや技を尽くしたレースが服飾文化として継がれている。そんな精巧なレースを目にして、思わず触れてみたくなった。レースの魅力もさることながら、画家の腕前も素晴らしい。例えばフェルメールのように。

 

 

草いきれこんな所に美術館
杢本靖子

「草いきれ」は真夏の雑草が生え放題の場所を想像させる。したがって「こんな所に美術館」という意外性がものをいう。具体的な場所は知らないが、なんの美術館だったのだろう。読み手の心も誘われる。実際に出会ったからこそできた句であろう。