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知音 2024年7月号を更新しました


初  鰹  行方克巳

虹の色庖丁の色初鰹

初鰹分厚くにんにくたつぷりと

半可通怖めず憶せず初鰹

口ほどになき立志伝初鰹

更衣たゆき二の腕ありにけり

衣更へて一寸また老けたまひけり

焠ぐごとく手をさし入るる清水かな

真清水に浸して老の掌の清ら

 

茅花流し  西村和子

京なれや螢袋の情の濃き

雨上りたるよ恋せよ水馬

そこらぢゅう頭突き鞘当て水馬

茅花流し河原の院のむかしより

辿るほど謎かけきたり蜷の道

逡巡の跡もなだらか蜷の道

掛香や花頭窓より東山

掛香や貴人迎へし日もありき

 

鎌 倉  中川純一

明易やつぎつぎ弾む群雀

立ち出でし立夏の黒衣隙のなく

代替はり婀娜な嫁女が水を打つ

学帽をはみ出す癖毛夏来る

鎌倉の娘人力はや日焼け

目の慣れてきし三尊の五月闇

父の日の波の遥かの島ひとつ

虚を衝くといふも心得翡翠は

 

 

◆窓下集- 7月号同人作品 - 中川 純一 選

ひらくとはほほゑむことよ糸桜
牧田ひとみ

音楽会果てて花韮咲き増ゆる
高橋桃衣

新社員朝からお疲れさま連発
井出野浩貴

芹食めばふつとつめたき薬の香
小山良枝

芹摘むや武蔵の国の水昏き
佐瀬はま代

たんぽぽや泥を被りし地に光
冨士原志奈

きさらぎや色留袖の三姉妹
前田沙羅

声のして暫し待たさる春障子
福地 聰

ベルマーク委員拝命チューリップ
佐々木弥生

おすわりを覚えし子犬水温む
橋田周子

 

 

◆知音集- 7月号雑詠作品 - 西村和子 選

さみどりを噴きつつ花を散らしつつ
井出野浩貴

四月馬鹿捨てられぬけど邪魔な物
影山十二香

痴れ者とならん春荒の吟行
藤田銀子

フリスビーシュッとふはつと風光る
磯貝由佳子

星雲のごとく花韮鏤めて
佐瀬はま代

句に遊び弟子と親しみ梅二月
山田まや

シスターも小走り春のターミナル
志磨  泉

ほわほわと鳴けば鴉も春の鳥
高橋桃衣

牡丹雪都市の鋭角消えて行く
吉田泰子

花散るや否やつつじのしやしやり出で
三石知左子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

卒業証書まだ受取りに来ぬひとり
井出野浩貴

卒業式に欠席した生徒。後から卒業証書だけを受け取りに来るはずなのだろう。しかし一か月以上が過ぎ、季節も変わろうとしているのにまだ来ない。教師の側から卒業を詠んだ句だが、特殊な一人を詠んで珍しい句だと思った。
教え子たちを見送る教師の側からすると、自分が初めて担任したクラスの子や特別手がかかった子は、忘れがたいと聞く。この句の場合も、卒業式で見送った多くの教え子は、順当に進学したり世の中に出たり、教師としての責務を果たした思いがあるだろう。だが、この「ひとり」は、ずっと心に掛かっている。一体どうしたのだろうか、この句の読み手にも気がかりが残る。

 

 

傘置けば雫となりし春の雪
山田まや

春の雪の儚さを描き出した句。傘をすぼめる前までは、雪の形を留めていたのだろう。傘を閉じて置いたところ、全てが消えて雫となった。「すぐに解けた」とか「解けやすい」などと説明せず、「雫となりし」と描いたことが俳句の手法に適っている。春の雪とは、水分が多く積もりにくいとか、儚いものだとか、多くの歳時記に必ず書かれている。そのことを具体的に描写するのは、存外難しいものだ。

 

 

何もかも造花に見ゆる春寒し
志磨  泉

春の街に出かけた折の印象だろうか。商店街には造花が華やかに飾られている。店の前の盛花も造花なのだろう。そのうちに実際に咲いている花まで造花に見えてきた。その心境は、暦の上では春なのにまだ気温が追いついていかない時期の季語に託されている。
この句の情況は、町なか以外にもさまざまに想像できる。何かの会場であるかもしれないし、墓地の光景かもしれない。いずれにしても、本物の花までもが造花に見えてくるという作者の心境は味気ないものだ。