◆特選句 西村 和子 選
囀の降りくるところ立子墓所
梅田実代
星野立子の名句、〈囀りをこぼさじと抱く大樹かな〉をふまえて詠んだ句だろうか。
鎌倉の寿福寺にある立子の墓を訪れると、聞こえてくる鳥の歌が、すべてこの墓へ向けられているような感覚にとらわれたのだ。
ほがらかなさえずりが、立子の素直で明るい作風と響き合う。
春灯や帯うつくしき新刊書
緒方恵美
新刊書だから、作者は発売を待ちかねていたのだろう。
さっそく購入したその本は、装丁がなかなか素敵で、とくに帯のセンスがいい。
「春灯」のやわらかい光がその美しさを引き立て、本の内容を示唆している。
ジャンルは恋愛小説と想像した。
花楓知らぬ間に子は育ちけり
宮内百花
つい昨日までおむつを替えていたような気がするのだが、子どもはいつの間にか成長してたくましくなっているものだ。
我が子の成長にふと気付いたとき、母としては嬉しく、それでいて少し淋しいような気持ちにとらわれる。
花楓の咲きようがそんな母親の心情を語っている。
子供らを転がしてゐる春野かな
小山良枝
中七を「遊ばせてゐる」とせず、「転がしてゐる」としたところに工夫がある。
1~2歳の未就園児だろうか。ベビーカーや抱っこ紐からおろして、自由にさせてやっているのだろう。
「春野」であるから、柔らかい日差しの中、大人たちがおおらかな気持ちで見守っていることも想像できる。
褪せながら散りながらなほ紫木蓮
田中優美子
散っていく紫木蓮に着目したところが新鮮である。
「ながら」「ながら」「なほ」と調べを工夫することで、紫木蓮の散りぎわの特徴をうまく表現している。
とどまらぬ時間のごとく花筏
矢澤真徳
水面を覆い、形を変えながら流れていく花筏。
単にきれいだと思って立ち止まった作者だが、そのうちに水の流れがあたかも時の流れのように見えてきた。さらには、花の散りざまや流れゆく水から、諸行無常を感じたのだろう。
花吹雪や水辺の美しい光景も目に浮かんでくる。
対岸へ渡る術なく桜狩
小山良枝
地球儀を回して春を惜しみけり
鎌田由布子
桜蘂降り止み雨の降り止まず
巫依子
山吹を揺らす買物袋かな
小山良枝
◆入選句 西村 和子 選
オルガニストの指先光るイースター
松井伸子
おぼろ夜やつまづくやうに物わすれ
奥田眞二
暮れなづむ川面煌めき遅ざくら
松井洋子
新しき机届きぬ春の風
長坂宏美
(新しき机届きて春の風)
豆の花丈競ふかに真つ直ぐに
水田和代
(豆の花丈競ふかに真直ぐ伸ぶ)
飛花落花連子格子の中に見て
板垣もと子
せせらぎに跳ねる陽光水草生ふ
中山亮成
花の雲五重塔を浮かべけり
板垣もと子
蜂蜜の匙をあふるる日永かな
牛島あき
ゆくりなく声掛けられて花楓
長谷川一枝
(花楓ゆくりなく声掛けられて)
廃村に共同墓地や芦の角
長谷川一枝
杓よりも小さき仏花御堂
緒方恵美
海峡の流れの速し先帝祭
鎌田由布子
雪解や鳥の祭のやうな村
山内雪
(雪解や鳥の祭りのやうな村)
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ
岡崎昭彦
太陽をしかと受け止めチューリップ
田中優美子
苗木市土の匂ひを広げたる
鈴木ひろか
二輪草子供等の声何処より
飯田静
(何処より子供等の声二輪草)
薔薇園に薔薇色の風吹き渡り
山田紳介
連翹の地より噴き上ぐ真昼かな
巫依子
和蠟燭灯して湯宿竹の秋
木邑杏
鍬浸けし水の濁りや春の山
梅田実代
古墳より望む海峡木の芽風
三好康夫
ヒヤシンス硝子は声を遮りぬ
小山良枝
連翹や鬼方吉方気の流れ
巫依子
(連翹や鬼方吉方の気の流れ)
春惜しむ飛行機雲を追ひかけて
鎌田由布子
(飛行機雲を追ひかけて春惜しむ)
したたかな心は見せず垣通
小野雅子
伝言板消えて幾年春寒し
穐吉洋子
鮮やかに空色映す忘れ潮
鈴木ひろか
(鮮やかに映す空色忘れ潮)
奇声には奇声で返し鳥の恋
松井洋子
水温む筆の動きのやはらかく
松井伸子
おひさまに素直に応へチューリップ
田中優美子
洞窟の安らぎに似て春眠し
小山良枝
山一つ越えて湖百千鳥
鈴木ひろか
蒲公英の茎を伸ばして絮飛ばす
穐吉洋子
(蒲公英の茎を伸ばして絮毛飛び)
生れしまま傷ひとつなきチューリップ
矢澤真徳
木道の先の湿原百千鳥
飯田静
プードルの毛足刈り込み夏近し
鎌田由布子
藤咲くや崖の底なる不動尊
梅田実代
ボールより本が友だち黄水仙
松井洋子
庭を掃く雛僧一人涅槃の日
千明朋代
チューリップ優等生のごとく咲き
田中優美子
叡山のあぶり出されし山桜
黒木康仁
(比叡山あぶり出されし山桜)
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘
鈴木ひろか
ひつたりと閉ざせる校門飛花落花
箱守田鶴
手習ひの一点一画日永し
鈴木紫峰人
(手習ひの一点一画日永かな)
薔薇園のいちばん奥で待ち合はす
山田紳介
逃れてはまた波に寄り磯遊び
矢澤真徳
ベンチまだ濡れてをるなり春の山
鏡味味千代
富士箱根一望の春惜しみけり
奥田眞二
ゆるやかに曲る渡良瀬風光る
穐吉洋子
いつまでも流れて来さう花筏
板垣もと子
瞬きの馬の眼に春の雲
穐吉洋子
(瞬きす馬の眼に春の雲)
湧き水の音や紫蘭の咲き初めし
飯田静
山笑ふリュックの鈴の鳴り通し
鈴木ひろか
野遊びや爪の中まで黒くして
鏡味味千代
日の当たる壁を動かぬ春の蠅
鈴木紫峰人
鳥雲に道場よりの声高く
深澤範子
花冷や紅茶茶碗に金の縁
小山良枝
春惜しむ旅の話の尽きぬなり
鎌田由布子
やはらかき風にも花の舞ひあがる
小野雅子
眼裏に薄紅残る花疲
鈴木ひろか
山門の小さく見ゆる桜かな
緒方恵美
高瀬舟今も舫ひて花の昼
藤江すみ江
青空へぱつちり開き花水木
若狭いま子
振袖の帯胸高に八重桜
長谷川一枝
薄霞東京タワー紅く染め
穐吉洋子
(東京タワー薄霞紅く染めにけり)
幾度ものぞき込みては雪割草
千明朋代
生れくる言葉のごとく石鹸玉
矢澤真徳
ステッキの歩み確かに花は葉に
巫依子
過ぎ去りしあと一陣の花吹雪
巫依子
飛花落花幹に箒を立てかけて
小野雅子
春の夢たわいなけれど懐かしや
奥田眞二
夏近しテラスの椅子を磨き上げ
鎌田由布子
切り紙のごときつぱりと紫木蓮
荒木百合子
うららかや子の髪ひだまりの匂ひ
鏡味味千代
園庭に桜蕊降る日曜日
飯田静
筍山黄色き声の降つてくる
梅田実代
薔薇園の作業員みな無口なる
山田紳介
◆互選
各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。
■小山良枝 選
苗木市土の匂ひを広げたる | ひろか |
緑さす招待状に切手貼り | 優美子 |
新入生いつもの犬に吠えらるる | 松井洋子 |
野遊やあそこにあれが咲いた筈 | あき |
☆野遊びや爪の中まで黒くして | 味千代 |
土をいじったり、野草を摘んだり、童心に帰っていきいきと遊んでいる様が微笑ましいですね。
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■飯田 静 選
野遊びや爪の中まで黒くして | 味千代 |
海峡の流れの速し先帝祭 | 由布子 |
賑やかな妻で幸せヒヤシンス | 眞二 |
囀の降りくるところ立子墓所 | 実代 |
☆住む人の転変よそに糸桜 | 百合子 |
人生にはさまざまなことが起こりますがそれらをじっと見つめて毎年咲いてくれる糸桜。桜であることに明るさもあります。
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■鏡味味千代 選
誘はれて公園体操飛花落花 | 百合子 |
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ | 昭彦 |
とどまらぬ時間のごとく花筏 | 真徳 |
生れくる言葉のごとく石鹸玉 | 真徳 |
☆賑やかな妻で幸せヒヤシンス | 眞二 |
こちらも幸せな気持ちになる句でした。ヒヤシンスから、賑やかなだけでなく、清楚な艶やかさもある奥様であることが想像できます。
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■千明朋代 選
牡丹の芽芯に秘めたる炎かな | 杏 |
地球儀を回して春を惜しみけり | 由布子 |
桃の花ひまに青空見え隠れ | 一枝 |
チューリップ夜には夜の色したる | 優美子 |
☆豆の花ひとつ咲けば十さいて | 清子 |
霜を避け突風から護り長い冬を越して、次々と力ずよく咲いていく春の訪れと迎えた喜びをよく現わしていると思いました。
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■辻 敦丸 選
この更地何のありしか花水木 | 味千代 |
走り根に傾ぐ石段春祭 | 栄子 |
とりどりのマスク行き交う商店街 | 穐吉洋子 |
幼児の小さきスコップ春の土 | 飯田静 |
☆菜の花の明るさだけが暮れ残り | 依子 |
文部省唱歌の傑作、朧月夜を思いだします。 |
■三好康夫 選
花の雲五重塔を浮かべけり | もと子 |
春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
自家製の塩味強き桜餅 | 穐吉洋子 |
苗木市土の匂ひを広げたる | ひろか |
☆手習ひの一点一画日永し | 紫峰人 |
日永にどっぷり浸かって手習いをしている様子が、「一点一画」に上手く表現されております。
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■森山栄子 選
ゆるやかに曲る渡良瀬風光る | 穐吉洋子 |
山門の小さく見ゆる桜かな | 恵美 |
屋上を窓に見下ろし春の雪 | 林檎 |
咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
☆鍬浸けし水の濁りや春の山 | 実代 |
田畑を耕した後のほっと和らいだ気持ちが感じられると同時に、土や水、春の匂いなど五感への刺激が心地良い句だと思いました。
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■小野雅子 選
水温む筆の動きのやはらかく | 伸子 |
をろがみて雛納むる一日あり | 朋代 |
雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち | 紳介 |
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 | ひろか |
☆児の手がつかむ花冷の聴診器 | いま子 |
6か月位の赤ん坊かなと思いました。この頃は何にでも興味深々で、触り口にします。花冷えの聴診器に、診察室の様子や窓から見える桜など、連想が広がりました。
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■長谷川一枝 選
児の手がつかむ花冷の聴診器 | いま子 |
油絵のいろは教はりチューリップ | 味千代 |
花守に守られゐるも花の徳 | 百合子 |
賑やかな妻で幸せヒヤシンス | 眞二 |
☆牛たちの出発間近桜東風 | 紫峰人 |
毎年の行事かと思いますが、桜東風が牛たちの成長を見守っているような・・・
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■藤江すみ江 選
木々は手を大きく拡げ桜東風 | 紫峰人 |
杓よりも小さき仏花御堂 | 恵美 |
眼裏に薄紅残る花疲 | ひろか |
春夕焼洗濯物の染まりをり | 穐吉洋子 |
☆子供らを転がしてゐる春野かな | 良枝 |
子供達が春の野原に遊んでいる光景を 主語は春野で 子供らを転がしてゐらと表現しているところが 良いと思いました
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■箱守田鶴 選
落第に母は動ぜず養花天 | 雅子 |
花冷の夜のベンチに煙草の火 | いま子 |
薔薇園のいちばん奥で待ち合はす | 紳介 |
賑やかな妻で幸せヒヤシンス | 眞二 |
☆日曜日桜の路を通り抜け | 範子 |
近くの桜並木が満開である。だが普段はゆっくりお花見が出来ない。今日は日曜日、花がおわらないうちに、いや、もう散り始めているのかも、その中を念願通りに通り抜けて満足した一日なのでしょう。
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■山田紳介 選
花冷や紅茶茶碗に金の縁 | 良枝 |
チューリップ優等生のごとく咲き | 優美子 |
ふぞろいのクッション三つ春の暮 | 昭彦 |
仁和寺へ参る花人ばかりなり | もと子 |
☆初めての街のやうなり花水木 | いま子 |
通りに花水木の花が咲き満ちる。見慣れたこの街が、知る人など誰もいない異郷の地の如く見えて来始める。
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■松井洋子 選
桜蘂降り止み雨の降り止まず | 依子 |
豆の花ひとつが咲けば十咲いて | 清子 |
子供らを転がしてゐる春野かな | 良枝 |
春潮の厚み増したる夜更けかな | 味千代 |
☆咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
一読して、日に照り映える花の白さや甘い香りまで伝わってくる。咲き満ちて軽くなったという詠み手の発見には、昂揚した気持ちも反映されたのだろう。
|
■緒方恵美 選
雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち | 紳介 |
暮れなづむ川面煌めき遅ざくら | 松井洋子 |
ステッキの歩み確かに花は葉に | 依子 |
牡丹の芽芯に秘めたる炎かな | 杏 |
☆眼裏に薄紅残る花疲 | ひろか |
薄紅色の桜の素晴らしかった様を、巧みに季語「花疲」に託している。
|
■田中優美子 選
蜂蜜の匙をあふるる日永かな | あき |
ウイスキーグラスに菫一括り | 眞二 |
さくら散る散るや紅深めつつ | 雅子 |
風光る口数多き今日の母 | 飯田静 |
☆薔薇園のいちばん奥で待ち合はす | 紳介 |
素敵な待ち合わせですね。薔薇園の奥へ奥へと読み手の心も誘われていきます。物語を感じる句だと思いました。
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■チボーしづ香 選
旅鞄ひよいと担げば風光る | 林檎 |
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ | 昭彦 |
牛たちの出発間近桜東風 | 紫峰人 |
壺焼の栄螺香ばし浜の茶屋 | 亮成 |
☆瞬きの馬の眼に春の雲 | 穐吉洋子 |
長閑な春の様子が感じられる自然で良い句 |
■黒木康仁 選
旅鞄ひよいと担げば風光る | 林檎 |
雪解や鳥の祭のやうな村 | 雪 |
水音に耳傾けて蓮華草 | 飯田静 |
児の手がつかむ花冷の聴診器 | いま子 |
☆ひつたりと閉ざせる校門飛花落花 | 田鶴 |
閉校になったばかりなのでしょうか無音の中を桜がこれでもかと散っています。
|
■矢澤真徳 選
をろがみて雛納むる一日あり | 朋代 |
真つ向に春疾風受け電車待つ | 雅子 |
叡山のあぶり出されし山桜 | 康仁 |
春雨や石灯篭も傾きぬ | 康仁 |
☆結婚の話の土産蕨餅 | 範子 |
有名店のお洒落なお菓子ではなく、出来立ての蕨餅を買ってきたという青年の、実直で飾らない人柄を想像しました。
|
■奥田眞二 選
旅疲れ花にかまけて西ひがし | 有為子 |
嫌はれる勇気なぞ無しチューリップ | 優美子 |
連翹の地より噴き上ぐ真昼かな | 依子 |
咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
☆子供らを転がしてゐる春野かな | 良枝 |
擬人化もまあ雄大、嬉々として遊び戯れている幼い子供たちの様子が絵のように読み取れて素敵です。
|
■中山亮成 選
草笛は靴箱の上入学す | 百花 |
脇道に入ればせせらぎ花明り | 雅子 |
眼裏に薄紅残る花疲 | ひろか |
児の手がつかむ花冷の聴診器 | いま子 |
☆新社員回転ドアに深呼吸 | 栄子 |
新社員の緊張感を感じます。 |
■巫 依子 選
水温む筆の動きのやはらかく | 伸子 |
一畳の書斎に飾る桜草 | 味千代 |
東京といふかげろふの中にをり | 恵美 |
山笑ふリュックの鈴の鳴り通し | ひろか |
☆苗木市土の匂ひを広げたる | ひろか |
苗木市に出かけ、視覚ではなく、まず嗅覚に捉え…が、リアリティーがあっていいなと思いました。
|
■佐藤清子 選
みちのくに住まひ移して聖五月 | 範子 |
木道の先の湿原百千鳥 | 飯田静 |
棚霞筑波の裾を隠しけり | 穐吉洋子 |
したたかな心は見せず垣通 | 雅子 |
☆落第に母は動ぜず養花天 | 雅子 |
「落第」に暗い印象がないことに気づきます。養花天という季語が全てを説明しているようで惹きつけられました。お子さんに対する思いと覚悟が明るくて力強くて頼もしいです。
|
■水田和代 選
棚霞筑波の裾を隠しけり | 穐吉洋子 |
つきつぎにトンネル抜ける山笑ふ | 栄子 |
和蠟燭灯して湯宿竹の秋 | 杏 |
富士箱根一望の春惜しみけり | 眞二 |
☆草笛は靴箱の上入学す | 百花 |
草笛を拭いて遊んでいた子どもが入学をして、喜びとちょっと寂しい気持ちが靴箱の上の草笛に託されています。
|
■梅田実代 選
今年までかもしれぬ茶を摘みにけり | 和代 |
廃村に共同墓地や芦の角 | 一枝 |
子供らを転がしてゐる春野かな | 良枝 |
地球儀を回して春を惜しみけり | 由布子 |
☆新入生いつもの犬に吠えらるる | 松井洋子 |
ユーモアが感じられて楽しい御句です。新入生の小ささ、初々しさが見えてきます。
|
■鎌田由布子 選
山門の小さく見ゆる桜かな | 恵美 |
杓よりも小さき仏花御堂 | 恵美 |
春のオリオン夜間飛行の掠めたる | 栄子 |
山笑ふ窓といふ窓開け放ち | 宏実 |
☆リラ咲いてリラのかをりの降る街に | 伸子 |
リラの花咲く素敵な街を想像しました。リラは私の大好きな花です。
|
■牛島あき 選
おぼろ夜やつまづくやうに物わすれ | 眞二 |
地球儀を回して春を惜しみけり | 由布子 |
庭小さしされど山吹容赦なき | 田鶴 |
山門の小さく見ゆる桜かな | 恵美 |
☆屋上を窓に見下ろし春の雪 | 林檎 |
作者の立ち位置の設定にオリジナリティーを感じました。その立体感に浮かび上がる「春の雪」の柔らかさが素敵です。
|
■荒木百合子 選
気に入りの春服選び美容院 | 範子 |
賑やかな妻で幸せヒヤシンス | 眞二 |
この更地何のありしか花水木 | 味千代 |
とどまらぬ時間のごとく花筏 | 真徳 |
☆生れしまま傷ひとつなきチューリップ | 真徳 |
チューリップは自己完結性という言葉が似合う花と思いますが、それはこの句の印象とよく重なっています。
|
■宮内百花 選
褪せながら散りながらなほ紫木蓮 | 優美子 |
庭小さしされど山吹容赦なき | 田鶴 |
結婚の話の土産蕨餅 | 範子 |
眼裏に薄紅残る花疲 | ひろか |
☆洞窟の安らぎに似て春眠し | 良枝 |
縄文時代以前の人々の洞窟暮らしに思いを馳せると、仄暗く穏やかな風の吹きこむ洞窟でまどろむ時間は、大層素敵に思われる。
|
■鈴木紫峰人 選
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 | ひろか |
春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ | 昭彦 |
湧き水の音や紫蘭の咲き初めし | 飯田静 |
☆生まれくる言葉のごとく石鹸玉 | 真徳 |
子どもが吹いて遊んでいる石鹸玉は、その子の思いをのせた言葉のようだとん、きらめく一瞬をとらえている。
|
■吉田林檎 選
花筏殿またも先駆けに | 松井洋子 |
うららかや指丸く持つクリームパン | 良枝 |
D51の膚つめたし飛花落花 | 実代 |
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 | ひろか |
☆蜂蜜の匙をあふるる日永かな | あき |
日永の概念に形を与えるとこんな感じなのかもしれません。蜂蜜に映える日差しも感じられます。
|
■小松有為子 選
山門を額と見立てて花盛り | すみ江 |
銀鱗の煽れば揺らぐ花筏 | 松井洋子 |
鮮やかに空色映す忘れ潮 | ひろか |
地球儀を回して春を惜しみけり | 由布子 |
☆おぼろ夜やつまづくやうに物忘れ | 眞二 |
突然に起こる物忘れに嘆きつつも暮らしに躓かぬように気をつけたいです。
|
■岡崎昭彦 選
揺れやすきものにお下げと罌粟の花 | 実代 |
生れくる言葉のごとく石鹸玉 | 真徳 |
連れ合ひの手招きに見る山桜 | チボーしづ香 |
対岸へ渡る術なく桜狩 | 良枝 |
☆ぽつねんと眺める春の海の果 | 眞二 |
陽光と潮の香を感じる句です。 |
■山内雪 選
苗木市土の匂ひを広げたる | ひろか |
新社員回転ドアに深呼吸 | 栄子 |
古墳より望む海峡木の芽風 | 康夫 |
眼裏に薄紅残る花疲 | ひろか |
☆高瀬舟今も舫ひて花の昼 | すみ江 |
高瀬舟が今もあるのかと驚いていたら季語の花の昼で力が抜けた。
|
■穐吉洋子 選
新しき机届きぬ春の風 | 宏実 |
みどりごの乳飲むちから春や春 | 真徳 |
囀の降りくるところ立子墓所 | 実代 |
春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
☆海峡の流れの速し先帝祭 | 由布子 |
あの痛ましい壇ノ浦の戦いで入水した幼帝安徳天皇の祭りを峡の流れの速しで上手く読み上げていると思います。
|
■若狭いま子 選
伝言板消えて幾年春寒し | 穐吉洋子 |
牡丹の芽炎の恋をまだ知らず | 杏 |
落第に母は動ぜず養花天 | 雅子 |
東京といふかげろふの中にをり | 恵美 |
☆春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
書店の春灯に新刊書の帯がうつくしく映えていて、おのずと本の内容にも期待がふくらんできます。本を手に取りパラパラとページを開いたり、手近の書架の本をあれこれ物色する心ときめくひと時が伝わってきます。
|
■松井伸子 選
ゆるやかに曲る渡良瀬風光る | 穐吉洋子 |
地球儀を回して春を惜しみけり | 由布子 |
振袖の帯胸高に八重桜 | 一枝 |
廃村に共同墓地や芦の角 | 一枝 |
☆一畳の書斎に飾る桜草 | 味千代 |
広ければ広いなりに本やノートが散らばります。すっきりと集中できる空間!
|
■長坂宏実 選
みちのくに住まひ移して聖五月 | 範子 |
野遊びや爪の中まで黒くして | 味千代 |
太陽をしかと受け止めチューリップ | 優美子 |
とどまらぬ時間のごとく花筏 | 真徳 |
☆五千歩もすれば気が晴れ山若葉 | あき |
新緑の季節に散歩をすると、憂鬱な気分も晴れ晴れとするので、とても共感できました。
|
■木邑杏 選
咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
飛花落花幹に箒を立てかけて | 雅子 |
春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
緑立ついよよ吾子の手離す時 | 百花 |
☆オルガニストの指先ひかるイースター | 伸子 |
復活祭の喜び、パイプオルガンを弾く奏者の指先にも優しい光が差している。イースターが効いている。
|
■鈴木ひろか 選
油絵のいろは教はりチューリップ | 味千代 |
雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち | 紳介 |
咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
春灯や帯うつくしき新刊書 | 恵美 |
☆新社員回転ドアに深呼吸 | 栄子 |
会社に入る回転ドアの前で緊張を解く為の深呼吸。自分が新入社員だった頃を思い出します。
|
■深澤範子 選
うららかや子の髪ひだまりの匂ひ | 味千代 |
チューリップ夜には夜の色したる | 優美子 |
咲き満ちてより白藤の軽きこと | 実代 |
這ひ這ひが立つちに代はり夏近し | チボーしづ香 |
☆みどりごの乳飲むちから春や春 | 真徳 |
春が来た喜びとみどりごの生きる力の力強さを感じている喜びが伝わってきます。
|
◆今月のワンポイント
「無駄を省こう」
十七音しかない俳句ですから、言わなくてもわかる言葉をわざわざ入れたり、表現にダブりがあったりすることは、とてももったいないことです。
逆に、意識しすぎて無理な省略をしていることもあります。言葉としておかしかったり、読み手に伝わらない場合がありますので、こちらも要注意です。
今回入選にいたらなかった句の中から、先生の指摘のあった句を共有しておきます。
どういうところが無駄なのか、考えてみるとよいでしょう。
菜の花の明るさだけが暮れ残り
風立ちて畦焼の火が走り出す
水の中ちよこまか動くおたまじやくし
をろがみて雛納むる一日あり
多摩川にビル影うかび春霞
松枝真理子