窓下集 - 8月号同人作品 - 西村和子 選
退院の目に紫木蓮飛び込んで 田中久美子
鎌倉の海山青し夏燕 石山紀代子
牡丹の報ひのごとく崩れけり 岩本 隼人
わたなかのウィンドサーフィン駒のごと 大橋有美子
おとうとが本家を守り花は葉に 大野まりな
花樗さゆらげば色見えてきし 江口 井子
草も木も伸びる膨るる風薫る 井内 俊二
角力絵の怒濤のごとし柏餅 中川 純一
五月闇白鳳仏の黒光り 谷川 邦廣
卯月波少年の背の薄つぺら 小倉 京佳
知音集 - 8月号雑詠作品 - 行方克巳 選
折れさうな心をつなぎ牡丹の芽 前田 沙羅
四五尺の棒の先つぽ楤芽吹く 中野 トシ子
麦秋や無言館へと坂がかり 江口 井子
風にのり風に逆らひ野に遊ぶ 井戸ちゃわん
見上げゐる黒猫よそに鳥の恋 帯屋 七緒
シェーカーを振る音ひとつ春の宵 月野木若葉
初夏の空へ突き抜け登窯 中田 無麓
白鼻心の夜の置土産夏来る 本宿 伶子
生き別れ死に別れして花に逢ふ 立花 湖舟
づかづかと風青蘆を踏んでゆき 井内 俊二
紅茶の後で - 8月号知音集選後評 -行方克巳
折れさうな心をつなぎ牡丹の芽 前田 沙羅
いつも穏やかな微笑みを浮かべていても浮世は憂き世、誰にも他人にははかり知れない辛いことだってあるだろう。ともすればポッキリと折れてしまいそうな気持ちをせいぜい取り繕って生きてゆかざるを得ないのが日常というもの。牡丹のたのもしい芽ごしらえに、日頃の憂さをしばし忘れている作者なのである。
四五尺の棒の先つぽ楤芽吹く 中野トシ子
何の変哲もない、まさに棒切れの先っぽみたいなところから楤は独特の芽を出す。その若芽がいわゆる楤の芽であり、天婦羅などにして食べるのである。野草などを摘んで生活としている人たちは、必ず何がしかの芽は摘まないで残しておく。全部摘み尽くしてしまったら、楤は全滅してしまうのだ。折角残してあるその芽をそんなことを知らない素人が摘んでしまうことがある。そういう場所は、棒状の木だけが何本か残っているという無残なていたらくとなる。
シェーカーを振る音ひとつ春の宵 月野木若葉
夜明けのバーのカウンターに、カクテルグラスを手に一人座っているのが作者である。大きな声で話をする客も居らず静かな時間が過ぎてゆく。物音と言えばバーテンダーが客の注文のカクテルを作るシェーカーの音ばかり。きっと夜遅くまで仕事に追われていたに違いない、そんな作者にはこのような心を休ませる時間が是非とも必要なのである。