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知音 2025年3月号を更新しました


百間廊下  西村和子

底冷や百間廊下磨きたて

百間廊下寒行僧の素手素足

寒行の声百間を貫きぬ

寒行や心の迷ひ筆に出て

来たるべき喜寿の諸手に破魔矢受く

押し切れば歯軋り返す冬菜かな

潜みゐし時は何色龍の玉

密なるを以つてよしとす龍の玉

 

竹馬の王子  行方克巳

竹馬の王子よ地球乗りこなし

繭玉や飲み食ひ笑ひかつ怒鳴り

冬桜この日この時違ふなく

道行の菰を傾げて冬牡丹

頽齢といふ一盛り冬牡丹

石垣のやうに崩れて大浅蜊

ぐるつくぐるつく鳩どちバレンタインの日

剃刀の捨刃匂へる余寒かな

 

水仙  中川純一

年酒酌む杜氏の妻を描きし絵と

人日や原稿書きもひと区切り

松過ぎの隘路に資源回収車

どてらよりぬつと握手の腕伸ばす

どてら着て農家の嫁が板につき

純白の母の水仙咲きにけり

水仙や何かと鳩の寄つて来る

物の芽のシンデレラたるそのひとつ

 

◆窓下集- 3月号同人作品 - 中川 純一 選

クリスマスソング仄かに昇降機
中津麻美

長き夜の悲恋小説飽き飽きす
田中優美子

海を恋ふ退役船へ木の葉雨
牧田ひとみ

萩刈られ風の見えざる庭となり
山田まや

丹の橋に小紋ちらしの落葉かな
吉田しづ子

外套の長き抱擁始発駅
川口呼瞳

暖炉の灯見つめる背の人寄せず
大橋有美子

物置の鍵穴錆びし枇杷の花
野垣三千代

腕振れば歩幅広がり冬青空
辰巳淑子

星冴ゆる咫尺に月の弓を立て
上野文子

 

 

◆知音集- 3月号雑詠作品 - 西村和子 選

冬晴やヘリコプターの音近し
松枝真理子

子育てに失敗葱が食へぬとは
井出野浩貴

落葉投げ上げ誕生日おめでたう
田中久美子

日の丸は単純明快冬青空
くにしちあき

なにがしの館趾より秋の声
藤田銀子

日向ぼこ猫は耳から振り向きぬ
吉田林檎

鵙の声届き電波の乱れたる
立川六珈

茶の花のほつほつと咲きぽろと散り
中野のはら

空耳にあらずたしかに残る虫
山田まや

冬青空対岸に雲押さへつけ
大橋有美子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

銀杏散る大学の名は変はれども
松枝真理子

下五を逆接で言いさしていることから、大学の名は変わっても、キャンパスの晩秋の光景は昔と変わらない、と言いたいのだろう。東京工業大学が東京科学大学に、大阪外大が大阪大学外国語学部と変わったように、世の中の変遷や大学の経営の都合で、名前が変わることはよくあることだ。この句に詠まれている大学は、歴史があって銀杏並木が立派なのだろう。そこに愛着を感じている作者なのだ。

  

ビル風を秋風が追ふ御堂筋
立川六珈

大阪の御堂筋は、最大八車線、幅四十四メートルの大通りで、戦争中万が一の時は飛行機の離着陸ができるように道幅を広げたと聞く。そこを通り抜ける風の速さを、「ビル風を秋風が追ふ」と表現した点がポイント。今は両側にビルが立ち並んでいるが、もともとは大阪の商家だった。
私が関西に移り住んだ頃、大阪は無断駐車が多かったが、もとはうちの敷地だったという思いが影響していたと聞いたものだ。ビルの前に、二重三重に無断駐車する現象は珍しくなかったものだが。

 

十三夜水の面もくもりなく
山田 まや

この句のポイントは「も」にある。言うまでもなく、十三夜の月の出ている空は澄み渡っている。仲秋の名月よりも遅い時期なので、空気はより冷やかになり、月光も曇りない。その月が映っている水の面を描写して、空の光景を想像させるという心憎い手法を取っている。