迷 路 行方克巳
水打つて一と日終へたるごとくゐる
朝からバイク疾走金蠅も銀蠅も
マンゴ、パパイヤ原色の女達が売る
市場とは物売る迷路ただ暑く
昔ベトコンたりし日焼の眼窩かな
ハンモックにまたがつて夜の顔つくる
酒亭のネオンいまも「サイゴン」大西日
かつて枯葉剤まみれの地平大夕焼
カーブミラー 西村和子
日焼子の放熱しきり眠る間も
遠雷や耳敧つる鳥けもの
葛の雨ふりかぶりバス喘ぎつつ
風くらひ葛の花房むくつけき
秋蟬の語尾の明るく雨上る
カーブミラーここの泡立つ草の花
霧しまく改札口を通り抜け
夕霧に消ゆ駅員も旅人も
流 灯 中川純一
祭笛つのり戦艦武蔵の碑
くちびるのはや乙女さび藍浴衣
朝顔の紺と紫差し向かひ
流灯の帯放たれし川の幅
流灯の連れ流れしがつとわかれ
次の世にも会ふべく念じ冷酒酌む
露草の群青目覚めたるばかり
八月やそやつは今も好かぬ奴
◆窓下集- 10月号同人作品 - 中川 純一 選
蛞蝓へせめてシチリア島の塩
帶屋七緒
鮎の宿酒一合をゆつくりと
鴨下千尋
有栖川親王馬上夏至の雨
高橋桃衣
鮎料理団栗橋を目印に
島野紀子
抽斗の奥に網かけレース古り
小塚美智子
少女らの髪さらさらと合歓の花
佐藤二葉
梅雨明けやぱたんぱたんと象の耳
清水みのり
初夏や風に膨らむマタニティ
竹見かぐや
梅雨明や鉄棒の影迷ひなき
田嶋乃理子
引き寄せし野薔薇の棘に刺されけり
栃尾智子
◆知音集- 10月号雑詠作品 - 西村和子 選
戻り梅雨鴉よ何を鳴き交はす
井出野浩貴
桜蘂降る生きることやや倦きて
江口井子
池の面に色濃く雨の夏柳
影山十二香
梅雨の空洋館のどの窓からも
高橋桃衣
眉太く一気に描きて炎天へ
佐貫亜美
毒のある話もさらり絹扇
牧田ひとみ
目高飼び母の晩年長かりき
佐瀬はま代
手術台に載せられにはか汗の引く
田代重光
わだつみに太刀捧げしも青岬
藤田銀子
舟遊難所難所にこゑあげて
石原佳津子
◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子
取壊し決めたる家に昼寝せり
井出野浩貴
事情は様々に想像できるが、季題から察するに自分が育った家か、両親の家という愛着のある住まいに違いない。取壊しを決めた家ですることといったら、片付けか大事なものを見繕う作業だろう。それなのに昼寝をしたということは、それが目的ではなく、はじめから作業をしに行ったわけでもないのかも知れない。現実的な人から見たら「何をしに行ったのか」ということになるだろう。
しかし、この一句には家に対する思い出や感慨がこめられている。現実的な作業はさておき、懐かしい家にいるうちに昼寝をしたくなったのだ。昼寝から覚めた時の思いを思い遣りたくなる作品。
ボートからボートへ移りボート拭く
影山十二香
「ボート」を三度も繰り返している珍しい作品。始めのうちは若者がはしゃいでいるのかと思っていたが、下五に至って、ボート乗り場の作業であることがわかる。まだ夏も本番ではない頃、雨に汚れたボートを全てきれいにしているのだろう。言うまでもなく客の姿はない。行楽シーズンを前にした情景であることがわかる。
こんなに単純な形で、しかも同じ語を繰り返しながら季節や場所や、働く姿まで描けるのは並みの手腕ではない。
百日紅この炎熱に佇ちてこそ
高橋桃衣
今年の夏は猛暑日が続き、地球温暖化のせいか記録的な暑さだ。百日紅という花は、そんな暑さを喜ぶかのように百日間燃えるように咲き続ける。花の名の由来を知っている人も、今年の暑さの中でひと際紅く咲いていることに、改めて気づいたのではなかろうか。この句はそう思って読むと味わいが増す。
『枕草子』にも言っているように、夏はものすごく暑い時こそ、その極致や粋に出会うことができるのだ。