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知音 2024年10月号を更新しました


迷 路  行方克巳

水打つて一と日終へたるごとくゐる

朝からバイク疾走金蠅も銀蠅も

マンゴ、パパイヤ原色の女達が売る

市場とは物売る迷路ただ暑く

昔ベトコンたりし日焼の眼窩かな

ハンモックにまたがつて夜の顔つくる

酒亭のネオンいまも「サイゴン」大西日

かつて枯葉剤まみれの地平大夕焼

 

カーブミラー  西村和子

日焼子の放熱しきり眠る間も

遠雷や耳敧つる鳥けもの

葛の雨ふりかぶりバス喘ぎつつ

風くらひ葛の花房むくつけき

秋蟬の語尾の明るく雨上る

カーブミラーここの泡立つ草の花

霧しまく改札口を通り抜け

夕霧に消ゆ駅員も旅人も

 

流 灯  中川純一

祭笛つのり戦艦武蔵の碑

くちびるのはや乙女さび藍浴衣

朝顔の紺と紫差し向かひ

流灯の帯放たれし川の幅

流灯の連れ流れしがつとわかれ

次の世にも会ふべく念じ冷酒酌む

露草の群青目覚めたるばかり

八月やそやつは今も好かぬ奴

 

 

◆窓下集- 10月号同人作品 - 中川 純一 選

蛞蝓へせめてシチリア島の塩
帶屋七緒

鮎の宿酒一合をゆつくりと
鴨下千尋

有栖川親王馬上夏至の雨
高橋桃衣

鮎料理団栗橋を目印に
島野紀子

抽斗の奥に網かけレース古り
小塚美智子

少女らの髪さらさらと合歓の花
佐藤二葉

梅雨明けやぱたんぱたんと象の耳
清水みのり

初夏や風に膨らむマタニティ
竹見かぐや

梅雨明や鉄棒の影迷ひなき
田嶋乃理子

引き寄せし野薔薇の棘に刺されけり
栃尾智子

 

 

◆知音集- 10月号雑詠作品 - 西村和子 選

戻り梅雨鴉よ何を鳴き交はす
井出野浩貴

桜蘂降る生きることやや倦きて
江口井子

池の面に色濃く雨の夏柳
影山十二香

梅雨の空洋館のどの窓からも
高橋桃衣

眉太く一気に描きて炎天へ
佐貫亜美

毒のある話もさらり絹扇
牧田ひとみ

目高飼び母の晩年長かりき
佐瀬はま代

手術台に載せられにはか汗の引く
田代重光

わだつみに太刀捧げしも青岬
藤田銀子

舟遊難所難所にこゑあげて
石原佳津子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

取壊し決めたる家に昼寝せり
井出野浩貴

事情は様々に想像できるが、季題から察するに自分が育った家か、両親の家という愛着のある住まいに違いない。取壊しを決めた家ですることといったら、片付けか大事なものを見繕う作業だろう。それなのに昼寝をしたということは、それが目的ではなく、はじめから作業をしに行ったわけでもないのかも知れない。現実的な人から見たら「何をしに行ったのか」ということになるだろう。
しかし、この一句には家に対する思い出や感慨がこめられている。現実的な作業はさておき、懐かしい家にいるうちに昼寝をしたくなったのだ。昼寝から覚めた時の思いを思い遣りたくなる作品。

 

 

ボートからボートへ移りボート拭く
影山十二香

「ボート」を三度も繰り返している珍しい作品。始めのうちは若者がはしゃいでいるのかと思っていたが、下五に至って、ボート乗り場の作業であることがわかる。まだ夏も本番ではない頃、雨に汚れたボートを全てきれいにしているのだろう。言うまでもなく客の姿はない。行楽シーズンを前にした情景であることがわかる。
こんなに単純な形で、しかも同じ語を繰り返しながら季節や場所や、働く姿まで描けるのは並みの手腕ではない。

 

 

百日紅この炎熱に佇ちてこそ
高橋桃衣

今年の夏は猛暑日が続き、地球温暖化のせいか記録的な暑さだ。百日紅という花は、そんな暑さを喜ぶかのように百日間燃えるように咲き続ける。花の名の由来を知っている人も、今年の暑さの中でひと際紅く咲いていることに、改めて気づいたのではなかろうか。この句はそう思って読むと味わいが増す。
『枕草子』にも言っているように、夏はものすごく暑い時こそ、その極致や粋に出会うことができるのだ。