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2024年6月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

アネモネや少女は顔を二つ持つ
小山良枝
思春期の少女、子供と大人の両方の顔を持つ年齢の少女でしょう。季語が効いています。「アネモネ」はギリシャ語で「風の娘」を意味するそうですが、まさに風のように自在に顔を変えることが想像されます。「アネモネ」という音韻にも惹かれます。(井出野浩貴)

 

ミルキーの包みも交じり花の塵
松井洋子
だれでも知っているロングセラーのミルキーは、その包み紙の色も花びらのようです。どこかの花筵から風に運ばれてきたのでしょうか。なんでもないことですが、家族の平和な花見の一景色が描けました。(井出野浩貴)

 

春田打つ境界線まで日暮れまで
辻本喜代志
「境界線まで」は空間、「日暮れまで」は時間のことですが、リズムよく繰り返されています。田打は重労働なのでしょうが、春を迎えた喜びと働くことの充実感が、調べのよさからおのずと感じられます。(井出野浩貴)

 

兄弟と見ゆる三人チューリップ
藤江すみ江
いまどき珍しくなった三人兄弟の雰囲気が季語から感じられます。童謡の一節「なーらんだ なーらんだ 赤白黄色」がすぐに連想され、子供たちの年齢や、似ているようで微妙に性格の違うことなども想像されます。(井出野浩貴)

 

梅散るや袂ふくよか孔子像
千明朋代
早春のまだ寒い頃に咲く梅の清冽で凛としたたたずまいは、孔子のような徳の高い君子を思わせます。この句の「袂ふくよか」は、孔子の悠揚迫らぬ知性の深さの象徴でしょう。上五の「梅散るや」と響きあっています。(井出野浩貴)

 

老人と赤子早起き山笑ふ
小山良枝
老人も赤子も世間の時間の流れからすこし離れた時間を生きているということでしょう。春になって山に緑が兆すように赤子は成長し、老人はせわしない生産の時間からやや距離をおいて、赤子の成長や自然の運行をゆったり見ることができるのです。季語「山笑ふ」が効いています。(井出野浩貴)

 

春雷のずしんずしんと近づけり
辻本喜代志
「雷様」と言い慣わしてきたように、人は雷に天の意思を読み取ってきました。雷は夏のものというイメージがあるだけに、「春雷」には不穏なものを感じることもあるかもしれません。この句は「ずしんとずしんと」というオノマトペに心理状態が表されています。(井出野浩貴)

 

花時計植ゑ替へられて夏近し
鎌田由布子
花時計の花の植え替えられたことに気づくことはあまりないかもしれません。ところが作者は春の花が初夏の花へ植え替えられた瞬間に気づいたのです。何気ない光景に感じた季節の移り変わりを詠み、晩春の光のまぶしさを感じさせます。(井出野浩貴)

 

さよならの声こだまする春夕焼
松井洋子
山に囲まれた町で、学校帰りの子供たちが元気な声でさよならを言いあっているのでしょうか。「春夕焼」には、「夕焼」「夏夕焼」「冬夕焼」とは異なる、郷愁を誘うのどかなイメージがあります。すこやかな明日への願いが感じられます。(井出野浩貴)

 

大いなる野望を抱き入社式
深澤範子
季語の本意に忠実に詠まれた句です。現代ではこの句のような青雲の志をいだく新入社員は少ないかもしれません。遅かれ早かれ壁にぶつかり挫折する若者も多いことでしょうが、心を病まない程度にがんばってもらいたものです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

江の島の路地うら猫と春の蝿
奥田眞二

車窓より三条四条春の暮
鈴木ひろか

船笛に活気づく島桜散る
(船笛に活気づく島散る桜)
宮内百花

雨雫堪へて花の蕾かな
藤江すみ江

花の雨大橋とほく灯り初む
(花の雨とほく大橋灯り初む)
巫依子

花筏船尾の渦に崩れたる
(船尾渦に崩れゆきたる花筏)
板垣源蔵

閉ざされしままの空き家に花の雨
穐吉洋子

雲ひかり山はればれと牧開き
松井伸子

花ふぶき川へ石畳へ髪へ
小野雅子

遅桜一葉住みしこのあたり
(遅桜一葉住まひしこのあたり)
箱守田鶴

対岸の山並やはら養花天
小野雅子

関門の渦の大きく先帝祭
鎌田由布子

見上げゐる亀の鼻先藤の花
福原康之

踏切の先の駄菓子屋陽炎へり
森山栄子

永き日や磯にささやくささら波
奥田眞二

石鹸玉ひとりが好きな幼かな
鈴木ひろか

桜餅ほほばる川風心地よく
箱守田鶴

夢に見し町に暮らすや桐の花
巫依子

山櫻文字のかすれし道しるべ
辻敦丸

風光る色取り取りのランドセル
鎌田由布子

はなびらに埋もれ蝶のまどろめる
小野雅子

羊の毛刈る小さき手に手を添へて
福原康之

通勤は島から島へ豆の花
宮内百花

耕耘機春泥こぼしつつ帰る
若狭いま子

富士見ゆる方へ巣箱を掛けにけり
小山良枝

茉莉花の甘たるき香に目覚めたり
(茉莉花の甘つたるきに目覚めたり)
五十嵐夏美

はね橋を抜けて海へと春疾風
小野雅子

糸柳釣人たれも背を曲げて
(糸柳釣師たれもが背を曲げて)
千明朋代

暖かや文字の大きな時刻表
飯田静

自治会に相次ぐ訃報春寒き
三好康夫

肩上げの娘が運ぶ桜餅
(肩上げの娘お運び桜餅)
千明朋代

雨傘を忘れて帰る花月夜
(雨の傘忘れて帰る花月夜)
巫依子

失ひし物を数へて明け易し
(失ひし物数へゐて明け易し)
福原康之

口数の少なきふたり花の雨
巫依子

春暁や真下に止まる救急車
穐吉洋子

春の野にゆつくり溶けてゆく心地
松井伸子

パンジーの花壇を跨ぎ郵便夫
松井洋子

花の雲ベンチに句帳スケッチ帳
平田恵美子

天守へと吹き上りたる花吹雪
松井洋子

池の面をゆるり回遊花筏
松井伸子

花楓水面に枝を差し伸ばし
飯田静

うららかや子が父を待つ赤信号
小野雅子

川底の影もひとひら桜散る
小野雅子

鎌首をもたげ日陰の蝮草
松井伸子

花筏向かうの橋にも人が立ち
小野雅子

桜貝少女小説読みしころ
箱守田鶴

円窓の遠くに庭師花楓
鈴木ひろか

ウィンドにカナリア色の春コート
(ウィンドーにカナリア色の春コート)
鎌田由布子

踏み出せば押し返しくる春の土
田中優美子

巣燕に車庫を取られてしまひけり
松井洋子

紫木蓮見知らぬ人に会釈され
松井洋子

荒川に飛び込むが如鯉幟
板垣源蔵

スピードを上げし車窓へ若葉触れ
板垣もと子

囀や園児の声に重なりて
五十嵐夏美

糸桜裏参道は山の中
鈴木ひろか