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2024年5月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

お涅槃の法螺貝島に鳴り渡り
巫依子
作者は尾道の人。法螺貝は密教僧が唐より伝え、真言宗や天台宗などの法要で使われるそうです。「島に鳴り渡り」というのですから、瀬戸内の小さな島が思われます。釈迦の遺徳によって、凡俗の煩悩も清められそうです。(井出野浩貴)

 

春めくや路面電車のたまご色
飯田静
白でも茶でもなく「たまご色」という色のやわらかさが、季語「春めく」と、また「路面電車」ののどかさと響きあいます。殻の色のことだと思いますが、卵黄の色もそこはかとなく想像されます。これから生まれるものというイメージも重なります。(井出野浩貴)

 

予備校の窓にぽつりと春ともし
奥田眞二
これは2月か3月でしょうか。「ぽつり」というのですから、受験日直前、自習室でひとり勉強をしているのか、少人数で特別講習を受けているかといったところでしょう。「春ともし」に作者のやさしい視線を感じます。(井出野浩貴)

 

野遊やいつのまにやら死の話
千明朋代
「野遊」と「死の話」の落差に一瞬虚を突かれます。けれども、自然の中に身を置けば、生きることも死ぬことも同列のことなのかもしれません。力みなく軽やかに詠んだことで成功しています。(井出野浩貴)

 

自転車を下りて仰ぐや今日の花
森山栄子
自転車で桜の下をゆくのは気持がよいことでしょう。自転車を停めてゆっくり花を仰げば、ひときわ心に沁みることでしょう。句では「下りて仰ぐ」しか言っていないのですが、またこれから花の下を走ってゆくのだろうと想像されます。(井出野浩貴)

 

ルービックキューブ軽やか水温む
宮内百花
ルービックキューブの面をどうしたらささっと揃えられるのか不思議です。その軽やかさはたしかに春めいています。その内容と「水温む」とは関係ありませんが、その取り合わせの飛躍がルービックキューブの名人の手つきのようです。(井出野浩貴)

 

新しき自転車春風よ続け
田中優美子
新年度、新しい自転車で通勤するようになったのか、それとも休日にサイクリングを楽しんでいるのか、いずれにしても気持のよい季節です。「春風よ続け」のリズムが心の弾みを伝えます。命令形の妙味です。(井出野浩貴)

 

掌を開くやうなはくれん昼の月
(手を開くやうなはくれん昼の月)
奥田眞二
「はくれん」(白木蓮)の色と、うっすらと見える「昼の月」の色と、雲の色、微妙に異なる白が重なり、三月の空の色が見えてきます。「掌を開くやうな」もまた、春という命の始まりの季節を象徴しているようです。(井出野浩貴)

 

母妙にやさしくなりて春寒し
藤江すみ江
高齢の御母堂なのでしょう。「妙に」というのですから、かつてははっきりものをおっしゃる方だったのだろうと想像されます。「やさしくなりて」は体が衰えてきたからなのでしょうか。季語「春寒し」に作者の心情が託されています。(井出野浩貴)

 

春の風ハシビロコウの羽ふはり
鈴木ひろか
ハシビロコウは置物のように何時間もじっと動かず獲物を待ち続けることで知られています。おかしみのある鳥です。その動かぬ鳥の羽が「ふはり」となびいた瞬間をとらえました。「春の風」のいたずらのようです。「秋の風」では句になりませんね。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

枝垂れ枝をなぞるごとくに春の雪
(淡雪の枝垂れ枝なぞるごと降りぬ)
荒木百合子

手作りの竹笛鳴らす梅日和
(手作りの鳥笛鳴らす梅日和)
藤江すみ江

来ては去り去ればまた来る百千鳥
田中花苗

春浅しハーブティー赤透きとほる
(春浅し赤のハーブティー透きとほる)
深澤範子

初蝶は生垣離れずに飛べる
三好康夫

ご詠歌の調べのせたる涅槃西風
巫依子

水温む川鵜なかなか浮いて来ぬ
(水温み川鵜なかなか浮いて来ぬ)
小松有為子

観音に詣でしよりの春ひと日
(観音さま詣でしよりの春ひと日)
箱守田鶴

引越しや春を載せては降ろしては
松井伸子

ハイヤーで立寄る涅槃桜かな
三好康夫

一番に猫が見つけて初蝶来
小野雅子

富士山の頂小さく花杏
飯田静

春耕やこれより月日早くなり
辻本喜代志

誇りとは驕らぬことよ紫木蓮
田中優美子

咲き初めしはくれん早も散りそむる
松井洋子

レストラン女ばかりよ山笑ふ
(レストランは女ばかりよ山笑ふ)
平田恵美子

鉄つくる煙突高し鳥曇
福原康之

野遊びや思ひ出話聴きながら
深澤範子

煙突の煙どこまで春の雲
福原康之

紫木蓮我に囁き返しけり
(我だけに囁き返し紫木蓮)
田中優美子

冴返る肩に背筋に力込め
鎌田由布子

窓越しの海越しの富士冬茜
藤江すみ江

片栗の花の散らばるなぞへかな
(片栗の花の散らばるなぞえかな)
飯田静

春北風気を引き締めて踏み出しぬ
五十嵐夏美

冴返る東京タワー指呼のうち
鎌田由布子

病院を囲む木蓮仄白き
穐吉洋子

髪ほどくやうに吹かるる花ミモザ
田中花苗

残る鴨胸光らせて水を切り
田中花苗

涅槃桜築地の外の町寂れ
(涅槃桜築地の外は寂れ町)
三好康夫

花街の塀を辿れば白椿
(花街の黒塀辿れば白椿)
中山亮成

冴返るサイレンの音遠くより
(サイレンの音の遠くに冴返る)
鎌田由布子

子どもらの買ひ物買ひ食ひ春休
(子らだけで買ひ物買ひ食ひ春休)
宮内百花

歩道橋揺れおさまらず春北風
(歩道橋の揺れおさまらず春北風)
松井洋子

さわさわと水膨らみぬ春の川
千明朋代

かばかりの風を抱き込み糸柳
五十嵐夏美

連翹の咲いて八人家族かな
水田和代

静かなる湾の逆巻き冴返る
鎌田由布子

春北風や軍馬の去りし水飲場
福原康之

いぬふぐり何か聞きたく話したく
松井伸子

大名の庭に枝垂るる濃紅梅
福原康之

柔らかくご飯炊き上げ菜種梅雨
箱守田鶴

初蝶の黄のじぐざぐに追ひ抜かれ
(初蝶の黄のじぐざぐに追い抜かれ)
小野雅子

初蝶のフロントガラス掠めけり
穐吉洋子

この道は何処まで続く春浅し
深澤範子

隅田川逆波立てて春疾風
若狭いま子

砂浜に拾ふひとひら桜貝
(砂浜にひとひら拾ふ桜貝)
木邑杏

明日へはちきれんばかりや桜の芽
(桜の芽明日へとはちきれんばかり)
小山良枝

夜明け前こゑを残して鳥帰る
小松有為子

いつせいに色踊りだすチューリップ
(いつせいに踊りだす色チューリップ)
平田恵美子