◆特選句 西村 和子 選
無造作といふ巻き方も春ショール
箱守田鶴
防寒具で寒さを凌いでいた冬とは違い、春はショールのあしらい方も人それぞれ。ふわっと軽く、おしゃれに、あるいは何ということもなく肩に。
朝晩は冷えても昼間は暖かくなった頃の軽快な気分が、よく伝わってきます。(高橋桃衣)
衣も食もごつたに並べ果大師
藤江すみ江
弘法大師の忌日の21日に毎月開かれる縁日の中で、12月は年末ということもあり、骨董、雑貨、衣類などに加え正月用品も売られ、多くの人が訪れて最も賑わいます。
その商品の並べようを、「衣」「食」という大まかな表現で描いています。
普通は具体的に一つのものに絞って詠むことで、詠まないところまで想像させるものなのですが、売られているものが「衣」か「食」かという程度にしか見分けられないほどの無秩序な並べ方なのです。カオスのような市が眼前に広がります。(高橋桃衣)
寒昴熱き拳を握りしめ
田中優美子
「拳を握る」は、緊張したり、残念がったりする時の様子に使われますが、「熱き」から、また「寒昴」という季語からも、怒りを抑えるより決意のようなものを感じます。
凍空に青く光る昴を見上げる作者には、思うところがあるのでしょう。自分の中の熱い血潮に気づいたのではないでしょうか。(高橋桃衣)
推敲に夜の更けにけり膝毛布
平田恵美子
俳句の推敲をしているうちに、夜が更けてしまったのでしょう。暖房はつけていても、じっと座っていると足は寒くなりますから、膝毛布は必需品。ちょっと手を伸ばして何かを取ろうとすると落ちそうになったりして、膝毛布の温かさに気づくものです。
そんな日常の一コマですが、実感があります。(高橋桃衣)
気力十分体力半分小正月
小野雅子
お正月が終わって半月。女正月なのだから何か自分へのご褒美のようなことをしようとあれこれ考えて、さてやろう、出かけようとして、体が気持ほどついていけないことに気づいたということでしょう。「気力十分」「体力半分」と対句でリズムがよく、おかしみもあり、字余りは気になりません。体力が衰えているのではなく、気力の方が十分過ぎたのかもしれませんね。(高橋桃衣)
母たのし着ぶくれし子を肩ぐるま
松井伸子
お父さんでしたら見かけることもありますが、お母さんが肩ぐるましているというのですから、とても行動的なお母さんを想像します。それが「母たのし」という表現になったのでしょう。冬の寒い外を、子供よりも楽しんでいるお母さんの顔も動きも目に浮かびます。(高橋桃衣)
絵馬と絵馬触れ合ふ音の春近し
飯田静
冬の間、重なり合って風ににぶつかり合い、カラカラと鳴っていた絵馬が、徐々に「触れ合ふ」ほどの柔らかい音になってきたという、聴覚で春の到来を感じ取った句です。(高橋桃衣)
龍うねるごとくどんどの煙かな
小山良枝
燃え上がるどんどの火の先は煙。どんどの火について詠む人が多いなか、うねりながら龍のように空に昇っていく煙に注目したのは、実際に見に出かけたからこそです。足で稼いで発見した句といえるでしょう。(高橋桃衣)
読み札が足らぬ騒ぎや歌留多取
(読み札が足らぬ騒ぎや歌留多取り)
佐藤清子
歌留多を取り合って、最後に1枚余ってしまった絵札。そこで初めて読み札が足りないことに気づいて、さあどこに行ったかと、あちこち探し始めた様子が伝わってきます。もしかしたら、去年のお正月に無くなってしまったのかもしれません。賑やかなお正月の光景が感じられます。(高橋桃衣)
雲もなく音もなく明け初御空
松井洋子
前髪をふわっと仕立て初鏡
佐藤清子
金粉の躍る年酒を酌みにけり
鈴木ひろか
◆入選句 西村 和子 選
あかときの先触れとして初鴉
千明朋代
主査主任主事と並びて事務始
森山栄子
菰ぬちに霊気こもれり寒牡丹
小山良枝
ライブフェス果てていつそう息白し
田中優美子
口出しはせぬと決めたり朱欒剥く
(口出しはせぬと決めし夜朱欒剥く)
宮内百花
青空へ寒紅梅の浮きたてり
(青空へ寒紅梅の浮きてをり)
水田和代
止むと見せまた初雪のしまきけり
松井洋子
いさぎよく雨の上がりて年あらた
(いさぎよく雨の上がりて年はじめ)
奥田眞二
着膨れし人波わけて三番街
松井洋子
カーテンの隙間一条初明り
鎌田由布子
いちめんにかがやく墓石松の内
三好康夫
大寒の風に音消ゆ発車ベル
穐吉洋子
地に触れて初雪すぐに消えにけり
田中花苗
マスカラを少し濃い目に初鏡
(マスカラを少し濃い目に初化粧)
深澤範子
ままごとの如し独りの節料理
(ままごとの様や独りの節料理)
小松有為子
読経終ふ宿坊の朝深雪晴
板垣源蔵
日脚伸ぶ園児の遊びきりもなく
水田和代
初明りペルシャ絨毯浮き立たせ
鎌田由布子
花小袖賽銭放る腕白き
辻本喜代志
照れ臭き本音添へたる初便
田中優美子
目覚めたる街の匂ひや春近し
(目覚めだす街の匂ひや春近し)
五十嵐夏美
青空へ柏手響き残り福
小野雅子
塵ひとつ留めぬ禅寺初参
(塵一本留めぬ禅寺初参)
荒木百合子
長良川大きく蛇行して小春
藤江すみ江
二十回縄跳びできて春隣
水田和代
初景色船の行方を見届けし
(初景色船の行方を見届けり)
巫依子
所在なく帰る鴉も大晦日
松井洋子
ああ雪と声に出でたり朝の窓
小野雅子
大寒のやさしき雨になりにけり
五十嵐夏美
ぽん菓子の弾ける音も果大師
藤江すみ江
玄関にすらりと立ちて春ショール
箱守田鶴
すれ違ふ人や破魔矢の鈴鳴らし
田中花苗
新春の風をはらみて日章旗
辻敦丸
諦めるなかれと光る寒昴
田中優美子
百合鴎日射しを得たる胸ゆたか
藤江すみ江
吟行のついでに開く初みくじ
(吟行のついでと開く初みくじ)
辻本喜代志
ハミングとスープの匂ひ春隣
松井伸子
寒晴れの首都高遥か川光る
中山亮成
買初と言へど古本二三冊
小山良枝
目標の日に七千歩日脚伸ぶ
飯田静
髪切つて背筋のばして春近し
五十嵐夏美
寒晴やクレヨンの凧ピカソ風
木邑杏
洋風の卓に戻りて四日かな
(洋風な卓に戻りて四日かな)
鎌田由布子
念入りに車を洗ひ初出勤
深澤範子
風冴ゆる皆黙したる乗合船
板垣源蔵
あはあはと空に溶けゆく冬桜
若狭いま子
終点は吾が町寒の月天心
森山栄子
青空へ鳴り出しさうな氷柱かな
小山良枝
大根の煮もの酢のものお漬物
平田恵美子
べた凪が隔つ初島初景色
福原康之
窓一面冬枯ばかり汽笛鳴る
辻本喜代志
枯蔦や白壁あみだくじ模様
鈴木ひろか
投句期限書き込みにけり初こよみ
(投句期限印書き込み初こよみ)
荒木百合子
サンドイッチの色の取りどり街小春
飯田静
梁高き宮司の座敷実千両
水田和代
寒月に襟を立てたる刑事かな
板垣源蔵
枯れきつてゑのころ草の機嫌よく
小山良枝
雑巾をかくるが日課ちやんちやんこ
小山良枝
波がしら仄かに染めて初日の出
小松有為子
小春日やまだあたたかき人形焼
福原康之
添削で俳句入門読始
千明朋代
寒菊の倒れしままに咲きゐたり
若狭いま子
寛解の足取強く四温晴
五十嵐夏美
初富士や一の鳥居は海に立ち
田中花苗
盃の双魚よ泳げ年酒注ぐ
荒木百合子