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知音 2024年3月号を更新しました


なまこ的  行方克巳

鮟鱇の今生憂しとやさしとぞ

口噤むなまこ半分ほど凍り

先手必勝とは思へども海鼠かな

なまこ的処世訓垂れ海鼠食ふ

初夢のみぐるみ剥がれたればなまこ

初鏡父を憎みし日の遠く

老来の企みひとつ年酒くむ

わが追ひつめて凍蝶となりにけり

 

寒 威  西村和子

薬指強張るままの寒の入

寒威天に張りつめ四海真つ平

対岸に黄塵澱む寒日和

この窓の平和いつまで寒夕焼

寒禽の音符のやうなひとつづり

寒鴉ひと声発せずにはおけず

下草は腑抜け裸木気張りたり

マフラーに男の伊達や黒づくめ

 

甲辰の年始め  中川純一

揃はねど家族健在年酒くむ

おいしいと娘ひと言七草粥

熊谷市権田酒造の若夫婦
新妻も蔵の半纏初商ひ

振袖は風切る翼成人式

寒雀小学校の窓のぞく

給食に一皿足して鏡餅

網走時代を回顧しつつ二句
雪の中訪ねて飯鮨いずしもてなさる

流氷に乗りて来世の我は鷲

 

 

◆窓下集- 3月号同人作品 - 中川 純一 選

冬うらら明日には夫の退院と
金子笑子

光るものひとつ身につけクリスマス
橋田周子

伊良湖岬一機のごとく鷹去りぬ
吉田しづ子

プラタナス黄ばみそめたり惜命忌
黒須洋野

聖書めく句帳を卓にクリスマス
吉田林檎

菊坂の肉屋魚屋冬めける
井出野浩貴

秋思あり阿修羅の像の御目元に
村地八千穂

隠れ耶蘇のマリアに捧ぐ野水仙
田代重光

鷹の羽拾ひて茶事の座箒に
山田まや

紛れなく鷹よ翔けても止りても
小山良枝

 

 

◆知音集- 3月号雑詠作品 - 西村和子 選

とろろ汁真空が喉通過せり
吉田林檎

落葉踏む蛇笏龍太の如く踏まむ
井出野浩貴

落葉踏む道なき道を選りしより
松枝真理子

もう鳴らぬグランドピアノ冬館
佐瀬はま代

喪心に歳晩の街色の褪せ
牧田ひとみ

から松のてつぺんに月引つかかり
中野のはら

紅葉冷え覚えてベンチ立ちにけり
山田まや

嘗て餌をねだらず佇立冬の鷺
藤田銀子

たましひの抜ければ甘し吊し柿
高橋桃衣

星冴ゆる自分を許すこと覚え
田中優美子

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

声かけず背を見送り駅の秋
吉田林檎

こうした経験は誰もが思い当たることだろう。知人を駅で見かけたが、声をかければ届くところにいたのに、声をかけずに見送った。それはその人との間に屈託があったからだ。季語がそれを語っている。
知り合いに偶然出会ったとき、声を掛けあうという間柄は明朗なものだ。しかし人間関係はそうしたものばかりではない。見送った後、その人とのあれこれを作者は思い出している。しかし相手は何も気づかない。立場が逆のことも人生のうちにはあるに違いない。

 

サンタクロースからの手紙を訝しみ
佐瀬はま代

サンタクロースの存在を疑い始めた年齢。小学校の低学年だろう。すでに事実を知っている友達や兄姉たちから聞いて、うすうすわかってはいるものの、まだ信じていたい。子供ながらに、そんな複雑な思いをしているのだ。サンタさんからの手紙と言われて素直に読んではいるものの、この字はパパに似ていると気づいたのかも知れない。この句は事柄がおもしろいのではなく、子供の年齢が語られている工夫が際立っているのだ。

 

かさと音して何かゐる枯かづら
中野のはら

音読してみると「か音」の効果に気づく。体験そのものはありふれたものだが、俳句は表現であることを思い出させてくれる句。ものみな全て枯れつくした世界では、わずかな音も耳に届く。何かがいるに違いないが、ごくごく小さな存在であろう。