◆特選句 西村 和子 選
春暑しガラガラ声のフラミンゴ
千明朋代
動物園のフラミンゴを想像した。フラミンゴの色はきれいではあるが、見方によっては少しどぎつい感じがするものである。そのフラミンゴが「ガラガラ声」で鳴いている様子は、春ののんびりとした動物園で異彩を放っているように思われ、「春暑し」と響き合う。また、中七下五のラ音、ガ行の音の韻が調子よく、楽しい句に仕上がっている。(松枝真理子)
シャンパンの泡の消え行く春の宵
鎌田由布子
お祝いの席でいただくことが多いシャンパン。グラスに注いで泡が生じたところを、つい詠みたくなるものである。だが、作者は泡が消えてゆくところに着目しており、そこに詩心が感じられる。華やかな席、グラスに透かしたシャンパンの色、泡の消えていく儚さなどが、「春の宵」の艶やかな感じとよく合っている。(松枝真理子)
蓬摘むデニムの腿のぱんと張り
小山良枝
蓬を摘んでいる人物を、「デニムの腿のぱんと張り」と具体的な描写で表現した。これだけで性別、年齢、体格、服装などが見えてくる。また、「ぱんと」がよく効き、若々しさを強調している。(松枝真理子)
土佐水木よりその色の蝶一羽
箱守田鶴
土佐水木は、株立ち状に伸びているものをよく見かける。それぞれの枝にたくさん花をつけ、黄色い房状の花がひらくと、辺りがぱっと明るくなったように感じる。その中から、同じ色の蝶が一羽飛び出てきたというのだ。蝶の色は言わなくてもわかるし、満開の土佐水木の見事な咲きようまで想像できる。同時に、作者の一瞬の心躍りも表現されている。(松枝真理子)
春燈やモビールの影遊ばせて
森山栄子
絶えずゆらゆらしているモビール。春燈に照らされて生じた淡い影は幻想的で、作者の視線はそちらへと向けられている。そして揺れているモビールの影を「遊ばせて」と表現したところに工夫がみられる。モビールそのものを描かず、影を詠んで成功した句。(松枝真理子)
来年の約束もして花見酒
田中優美子
若い作者であるから、以前は来年の約束をするようなことはなかったのだろう。日常生活が戻りつつあるにもかかわらず、来年もこの桜の下で同じ人たちと酒を酌み交わすことができるだろうかと思うのは、疫病が流行したこの3年間を経たからこそであり、誰もが共感するところである。「年酒」「月見酒」「おでん酒」「熱燗」など酒に関する季語はたくさんあるが、この句は「花見酒」が動かない。(松枝真理子)
雨雫吊り下がりたる木の芽かな
小山良枝
風光る麒麟は風を反芻し
中山亮成
花冷えや空行くものの何もなく
山田紳介
これやこの節分草にひざまづき
千明朋代
◆入選句 西村 和子 選
春夕べ見知らぬ人と海眺め
(春夕べ見知らぬ人と海眺む)
杉谷香奈子
春めくや岸壁に寄す波音も
小野雅子
天井はステンドグラス花曇り
木邑杏
こんもりと国東半島霞みけり
森山栄子
太陽のまあるく滲む夕霞
平田恵美子
山門をあふるる枝垂桜かな
(山門よりあふるる枝垂桜かな)
五十嵐夏美
丁字の香托鉢の鈴遠ざかる
奥田眞二
春夕旦過市場の早仕舞
小野雅子
碇泊の軍艦二隻夕桜
鈴木ひろか
潮満つる波のまばゆし雛の家
三好康夫
暮るるほど白きはまれり花辛夷
松井洋子
マネキンはのつぺらぼうや春の宵
(マネキンにのつぺらぼうも春の宵)
森山栄子
蕗味噌を練りつつ山へ行く話
小野雅子
ロードショウ見ての日比谷の朧月
長谷川一枝
雨催ひ白木蓮の空に溶け
穐吉洋子
去年とは違ふ色咲きフリージア
飯田静
花見船花ある限りのぼり行く
箱守田鶴
一斉に灯るマンション朧なる
(一斉に灯るマンション朧濃し)
松井洋子
人生の褒美の春の旅三日
小野雅子
カーテンをそっと開ければ初音止む
水田和代
紙雛朱塗の盆にひとつづつ
(紙雛朱塗の盆にひとつずつ)
森山栄子
平和通りへ春昼のモノレール
小野雅子
せせらぎへ枝を差し伸べ朝桜
飯田静
小流れのゆつたりとろり春眠し
五十嵐夏美
喜びに不安に震へ初桜
田中優美子
鶯の盛んや朝の深呼吸
平田恵美子
奈良漬のこつくり甘く花の昼
田中優美子
水温む背びれ尾びれにおこる波
三好康夫
掌に受けて確かめ春の雪
(掌で受けて確かめ春の雪)
西山よしかず
渡良瀬の青空濁し蘆を焼く
田中花苗
ピアノ弾く背にミモザの光かな
森山栄子
花万朶警笛鳴らし南武線
飯田静
算数が好きな子となり進級す
鎌田由布子
梅林やふはりと天守浮かびたる
(梅林にふはりと天守浮かびたる)
藤江すみ江
ちらちらと覗く火の舌蘆を焼く
(チラチラと覗く火の舌蘆を焼く)
田中花苗
初蝶のふあと現れふあと消ゆ
鎌田由布子
春雨の雫蕾にひとつづつ
鈴木ひろか
手のひらにとまることなく春の雪
(手のひらに降ることなく降る春の雪)
辻敦丸
街灯の幽かに照らす夕桜
鈴木ひろか
遠がすみ船みな空に浮かびをり
松井伸子
春の野を分けてディーゼル列車の黄
森山栄子
めらめらと野心燃ゆるや春暖炉
千明朋代
初蝶の何か捜してゐるごとし
(初蝶の何か捜しているごとし)
田中花苗
暖かやみやげに貰ふ鳩サブレ
若狭いま子
芽柳や風水色に透きとほり
木邑杏
亀鳴くやこの頃探し物ばかり
(探し物ばかりこの頃亀の鳴く)
飯田静
せせらぎに目覚めし辛夷咲き競ふ
若狭いま子
五分咲きの花美しき雨の降る
水田和代
枝を延べ大島桜おほらかに
松井伸子
芽柳の空をくすぐるごとく揺れ
木邑杏
黒黒と幹ごつごつと梅古木
藤江すみ江
◆今月のワンポイント
「辞書をこまめに」
入選句の中に、仮名遣いの間違いを指摘されている句がありました。選に入らなかった句も含めれば、もう少し多いと思います。
清記された自句に傍線が引かれ、「ママ」と書かれていた経験は筆者にもあります。たいていはうろ覚えの言葉を使い、締切ぎりぎりにあわてて出した句です。自業自得といえばそれまでなのですが、清記用紙が回ってきたときの恥ずかしさは言いようがありません。先生の選に入った句があったとしても、その喜びより辞書をひかなかった後悔の方が大きいほどです。
漢字の間違いも同じですが、これは辞書をひけば回避できるものです。知らない言葉はもちろん、知っている言葉も辞書で確認するくらいの心持ちでいたいものです。
松枝真理子