コンテンツへスキップ

2023年4月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

お向かひのただいまの声日脚伸ぶ
藤江すみ江
夕飯のしたくをそろそろ始めなくてはと台所に立つと、お向かいの家の小学生が帰ってきたようだ。その声につられて窓の外を見ると、まだ明るいのに気づき、春の訪れを改めて感じた。「ただいま」の声や「日脚伸ぶ」の季語が明るく、暮らしている町の家並、お向かいの家との関係性なども読み取れる。何気ない日常から感じた季節感を、具体的に表現している句である。(松枝真理子)

 

測る度縮む背丈や春寒し
穐吉洋子
測るたびに背丈が縮むと言っても、1センチや2センチではなく、1ミリか2ミリ程度のものである。もちろん、傍目にはまったくわからない。作者自身も、数年前であればこのくらいは誤差だと気にしなかっただろう。だが老いを自ら感じるようになると、一転して心持ちが異なってくるものなのだ。「春寒し」が作者の心情を語っている。(松枝真理子)

 

涅槃図の下に集合句帳手に
小野雅子
ある日の吟行。場所はあるお寺とだけ決めてあったのだが、わざわざ言わなくても、仲間がみな示し合わせたように涅槃図の下にいて句作をしていた。俳人あるあるとでも言うべきか。涅槃図の大きさや掲げられている堂の趣、句作をしている様子なども想像できる。(松枝真理子)

 

薄氷を掬へば水の動きそめ
松井洋子
薄氷に触れたり、突いてみたりする句は多いが、掬ってみたのが作者。
そっと掬ってみると、掬うことによってわずかに水が動き、作者の心も動いたのである。見逃しがちな小さな感動を、実感をもって詠んでいる。(松枝真理子)

 

春眠や未生も死後もこんなもの
奥田眞二
胎内の記憶のある子どもがまれにいると聞いたことがあるが、我々は「未生」も「死後」も想像することしかできない。作者は、春眠から覚め、どちらもこんなものなのだろうと思ったようだ。「こんなもの」とはどんなものなのか。春眠から察するに、作者には心地よい世界だと想像したのだろう。また、「死後」のことを考え始めたからこそ、「未生」にまで思いを馳せたのではないだろうか。ある程度の年齢を重ねてこそ詠める句である。(松枝真理子)

 

何色に咲くのか秘密チューリップ
松井伸子
子ども、それも幼児の句と読んだ。小さな子どもが今後どんな成長をとげるのか、どんな才能が開花するのか、どんな道を進んでいくのか、将来のことは誰にもわからない。チューリップも、蕾がある程度ふくらむまでは何色の花が咲くのかはわからない。どの子も大きな可能性を秘めていて、チューリップのように色鮮やかな花を咲かせるはずなのだ。(松枝真理子)

 

日脚伸ぶ路上ライブに足止めて
穐吉洋子
帰宅する途中、人が集まっているので足を止めると、若者が路上ライブを行っていた。普段ならそのまま通りすぎるのであるが、今日はそのまま聞き入ってしまった。日が少しずつ長くなるのを実感し、作者にも心の余裕のようなものができたのだろう。「日脚伸ぶ」の季語がよく効いている。(松枝真理子)

 

白梅の仄と帯びたる薄緑
田中花苗
一読、なるほどと思った。白梅は、確かに真っ白というより少し緑がかったような色をしている。それを作者は中七下五のように表現したのだ。よく観察した上、作者なりの表現が成功した句である。(松枝真理子)

 

枝走り梅咲きのぼり駆けのぼり
松井伸子

 

沈丁のつぶやくやうに莟みたる
若狭いま子

 

春の雪わんさわんさと置いてゆく
深澤範子

 

煙るかに芽吹く遠野の雑木山
若狭いま子

 

涅槃会や風の大樹の獣めき
小山良枝

 

二人見し月ひとり見て朧なる
田中優美子

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

春めくや気弱な夫を励まして
小野雅子

雪あかり小樽華やぐ日の来たる
鈴木紫峰人

日だまりに早咲き初めし犬ふぐり
千明朋代

星一つ寒三日月に寄り添ひぬ
中山亮成

熱燗や言葉少なくなりにける
(熱燗や言葉少なくなりにけり)
矢澤真徳

そのあたり山羊食んでをり犬ふぐり
田中花苗

春浅し伯耆大山尾根真白
西山よしかず

白梅や別れの言葉飲み込みて
板垣源蔵

春禽の真ん丸眼瞬かず
(春鳥の真ん丸眼瞬かず)
板垣もと子

煮え切らぬ吾を尻目に猫の恋
板垣源蔵

仄暗き上がり框の古雛
五十嵐夏美

剪定枝束ね親方なほ無口
森山栄子

風のこゑ水のこゑ聴く葦の角
松井伸子

白菜干す土曜の晴れの日だまりに
辻本喜代志

引鶴を待つ子の眼澄みきつて
宮内百花

自転車漕ぐキーコキーコと冬旱
辻本喜代志

鴨一羽ふうはりふくれ水温む
箱守田鶴

春立つや久方ぶりの和朝食
岡崎昭彦

閉ざされしチャペルの扉春寒し
小山良枝

春めくや走り根ゆるく地より浮き
三好康夫

白梅の八重を重ねてうすみどり
中山亮成

日脚伸ぶ話はいつか旅のこと
(日脚伸ぶ話はいつしか旅のこと)
深澤範子

壇上の手話に見惚るる卒業式
(壇上の手話に見惚れる卒業式)
平田恵美子

春愁や薬効かぬと知りてなほ
(春愁の薬効かぬと知りてなほ)
福原康之

箱のやうな家建ち並び春隣
松井洋子

料峭やみなバスの来る方へ向き
小山良枝

リボンタイ少し崩して卒業す
森山栄子

いななけるごとき高声鳥の恋
三好康夫

いつも来る鳥今日よりは春の鳥
小野雅子

空っぽの象舎へ春の日射しかな
鈴木ひろか

寒茜なみだの跡の消ゆるまで
田中優美子

ふらここを漕ぎて互ひに自由なる
松井伸子

早春の雨柔らかく染み入りぬ
鈴木ひろか

ミモザ咲くウッドデッキの青い家
五十嵐夏美

入用を暫し忘れて寒椿
板垣源蔵

沈丁花かはたれどきの道迷ひ
(沈丁花かはたれどきの迷ひ道)
箱守田鶴

チョキチョキと枝を切る音凍空へ
千明朋代

梅つぼみはち切れさうに笑むやうに
辻本喜代志

切株に木屑に春の匂ひかな
松井伸子

母の味祖母の味せりすみつかれ
佐藤清子

ふはふはのマフィン頬張る花の昼
田中優美子

蓬摘む袋たちまち曇りけり
小山良枝

風光るお召列車の窓広く
長谷川一枝

たんぽぽの一輪土手にはりつきて
水田和代

風光る帆船飛び立つかもしれず
小山良枝

白梅の偏屈さうに幹曲がる
中山亮成

鴨の陣くるくる回り暮れ残り
松井洋子

やはらかに光織り込み春の川
板垣源蔵

立春の机辺に何もなかりけり
千明朋代

海風をたつぷり浴びて冬の梅
鎌田由布子

ものうげに車止めけり孕み鹿
奥田眞二

リハビリに通ふ道の辺犬ふぐり
穐吉洋子

木橋行く音ことこととあたたかし
松井伸子

タンカーもプランクトンも春の潮
小野雅子

春浅し手びねり茶碗手に重く
(春浅し手びねりの茶碗手に重く)
長谷川一枝

白梅の瑞枝の蕾あさみどり
中山亮成

昨夜の雪積もり雪吊り生き返り
飯田静

クレープの周りひらひら春めきぬ
板垣もと子

袖口に隠す十指や冬の朝
藤江すみ江

開き初む紅梅へ雪舞ひにけり
板垣もと子

園丁の応へやはらか草萌ゆる
小野雅子

春光や転がるやうな笑ひ声
(春光の転がるやうな笑ひ声)
鏡味味千代

かすかなる羽音ありけり冬の水
藤江すみ江

ちまちまと春を盛り込み京料理
小野雅子

あてどなく漂ふ雲や春寒し
森山栄子

ほうと息吐いて五分咲き薄紅梅
田中花苗

下萌を踏みゆく森の美術館
千明朋代

歌留多とる下の句ひとつ子が覚え
佐藤清子

アネモネの葉陰の蕾立ちてきし
水田和代

はな子亡きコンクリ象舎冴返る
五十嵐夏美

春浅し城壁に沿ふ人の影
三好康夫

下萌の哲学の道行きもどる
(下萌の哲学の道行きもどり)
千明朋代

異動辞令置きたる机上冴返る
田中優美子

腹まろき幼児のごとし蕗の薹
(お腹まろき幼児のごとし蕗の薹)
荒木百合子

舞ひ上がるものもありけり細雪
福原康之

色選ぶやうに選べり春の季語
矢澤真徳

遺影にも月日は早し黄水仙
若狭いま子

囀や枝が変はれば声変はり
福原康之

梅ふふむビーズ鏤めたるごとく
小山良枝

春炬燵母の糸切り歯健在
(春炬燵母に糸切り歯健在)
森山栄子

地下鉄を出て春色のアーケード
小野雅子

冴返る動物園の休館日
千明朋代

大鍋に溢れんばかりおでん煮る
佐藤清子

壇ノ浦春満月の少し欠け
杉谷香奈子

幼子が褒めてくれけり春帽子
山田紳介

杖ついてよちよち歩き山笑ふ
若狭いま子

イヤホンを外し一礼梅ふふむ
宮内百花

新雪を軋ませ歩く朝かな
飯田静

風見鶏のごとアンテナに寒鴉
(寒鴉風見鶏のごとアンテナに)
長谷川一枝

蓋取れば木の芽一枚香り立ち
板垣もと子

奏でつつ軽やかに落ち春の水
田中花苗

 

 

 

◆今月のワンポイント

「定型を大切に」

俳句は十七音の定型詩ですから、リズムが大事です。例外を除いて、字余りや字足らずはなるべく避けるようにしましょう。助詞を抜いて意味が伝わるかしら? などと思う場合もあるかもしれませんが、そこは読み手を信じてください。
今回の入選句でも添削されたものが数句ありましたので、例として挙げます。

日脚伸ぶ話はいつしか旅のこと
日脚伸ぶ話はいつか旅のこと

春浅し手びねりの茶碗手に重く
春浅し手びねり茶碗手に重く

お腹まろき幼児のごとし蕗の薹
腹まろき幼児のごとく蕗の薹

字余りでなかったら特選句だったかもしれないと思うと、もったいないですよね。いずれも自分で工夫できる程度のものですので、出句前にもう1度確認してみましょう。

松枝真理子