◆特選句 西村 和子 選
午後からの散歩再開初紅葉
鈴木ひろか
秋の半ばを過ぎても暑い日が多く、これまでは散歩も控えがちだったのでしょう。「初紅葉」という季語は、すがすがしい秋の空気と日差しを感じさせてくれます。どこまでも歩いて行けたことでしょう。(井出野浩貴)
歳時記にしをりて去年のはぜ紅葉
松井伸子
櫨紅葉の形と大きさは栞にするのにうってつけですが、その年のものよりも、一年経って乾燥したもののほうが栞にするのによいのでしょう。書いてありませんが、今年の櫨紅葉も美しい頃なのだろうと想像されます。(井出野浩貴)
どこからも見ゆる高さに石蕗の花
水田和代
「石蕗の花」は意外に茎が長く、イメージよりも高いところに咲いています。「どこからも見ゆる高さ」はやや大げさかもしれませんが、雰囲気をよくつかんでいます。(井出野浩貴)
芒原隠し湯までの幾曲がり
小野雅子
「芒原」が効いています。しかも「幾曲がり」ですから、何百年も前からひそかに伝わる隠し湯なのでしょう。傷ついた戦国武将が湯治したような場所だろうかと想像されます。(井出野浩貴)
知らぬ間に離れ離れや茸狩
矢澤真徳
夢中になっているうちに森の中でつれと離ればなれになってしまいました。晩秋は日が暮れるのが早く、心細くなってきます。「茸狩」が働いてそんな心理も読み取れます。(井出野浩貴)
日の差してひときは桂黄葉かな
飯田静
「桂黄葉」の美しさはもっと詠まれてもいいでしょう。「日の差して」と「かな」だけで、青空と黄葉のコントラストが表現できています。贅言を避け、切れ字「かな」に感慨を託した点がすぐれています。(井出野浩貴)
銀行へ郵便局へ秋暑し
小山良枝
些事雑事に追い立てられる様子が「銀行へ郵便局へ」から伝わります。「忙しい」「煩わしい」などの言葉を使わず「秋暑し」にすべてを語らせました。もしすべてを語ったら、ただの愚痴ですが、季語に語ってもらえば詩になるという好例です。(井出野浩貴)
初鵙の声のせつかち前のめり
三好康夫
「鵙」の鋭い鳴き声は、秋の訪れを感じさせます。その声が「せつかち」で「前のめり」と畳みかけたところが表現としておもしろい句です。澄みきった空気の感触が伝わります。(井出野浩貴)
木の実落つ音と暫く気が付かず
山田紳介
存外大きな音が森に響きました。音をいうことで、かえって晩秋の森の静けさが際立ちました。先生の添削は入っていませんが、「落つ」は文法的には「落つる」であるべきところです。ここはリズム重視ということでしょう。(井出野浩貴)
蛇笏忌や父の着物に煙草の香
小野雅子
「蛇笏忌」は十月三十日。季語がぴたりと決まっています。着物姿で煙草をくゆらす俳人はほかにも大勢いそうですが、ほかの人の忌日ではいまひとつです。「蛇笏忌」は来たるべき厳しい甲斐の冬を予感させます。
莨愉し秋は火光をひざのはに 飯田蛇笏
(井出野浩貴)
山鳩のほほうと鳴いて秋深し
松井伸子
山鳩の寂しい鳴き声に秋の深まりを感じました。やがて冬が来て
山鳩よみればまはりに雪がふる 高屋窓秋
ということになります。(井出野浩貴)
露踏むや熊よけの鈴先頭に
牛島あき
「露踏む」と「熊よけの鈴」で秋の山道の様子が見えてきます。獣の領分に踏み行っていくときのある種のおののきが表現されています。(井出野浩貴)
◆入選句 西村 和子 選
今朝の秋野の草々にひざまづき
千明朋代
落日の光芒に映え泡立草
若狭いま子
家並の尽きて波音葛の花
森山栄子
読みかけの本ばかりなり夜の長き
(読み掛けし本ばかりなり夜の長き)
長谷川一枝
ひよんの笛教はる前に鳴らしみる
(ひよんの笛教はる前にもう鳴らし)
松井洋子
参道を逸れて茸の仄白し
森山栄子
誰来しと振りむく間にも木の実落つ
宮内百花
タイヤ痕残る砂浜冬隣
鈴木紫峰人
老犬の眠る日溜り小鳥来る
松井洋子
宿一歩出づれば森よ朝時雨
藤江すみ江
楽流れ人々流れ駅の秋
(楽流れ人体流れ駅の秋)
中山亮成
高原の牧下りる馬冬近し
松井伸子
新涼やいつもと違ふ道を行く
黒木康仁
越中の甍黒々稲穂風
(越中の甍黒々稲田風)
藤江すみ江
縁側のなき家ばかり虫すだく
松井洋子
湖に筑波うつれり蝗とぶ
佐藤清子
もういいと逝きたる父や秋の暮
チボーしづ香
色変へぬ松の葉先の雨雫
鈴木ひろか
稲妻や次の言葉を待ちをれば
森山栄子
林檎剥く言葉少なくなりし子へ
(林檎剥く言葉少なになりし子へ)
森山栄子
ドロップの次は何色紅葉狩
(ドロップの次は何色紅葉狩り)
深澤範子
山小屋のぐるり薪積む薄紅葉
飯田静
草紅葉ジャージー牛の尻尾揺れ
木邑杏
笛方はポニーテールや秋祭
田中花苗
朝寒や鏡の奥の老いの顔
岡崎昭彦
満月によりそふごとき星一つ
千明朋代
もつれつつ屋根を越えたり秋の蝶
田中花苗
祖母と寝し離れの匂ひ式部の実
(祖母と寝た離れの匂ひ式部の実)
佐藤清子
クリーニング店に貼紙秋祭
小山良枝
板チョコをぱきつと割りて天高し
緒方恵美
秋夕焼赤城の山の黒々と
長谷川一枝
スニーカー紐きゆつと締め翁の忌
(スニーカーの紐きゆつと締め翁の忌)
小野雅子
たまさかにざぶんとくだけ秋の波
(たまさかにザブンとくだけ秋の波)
鈴木紫峰人
赤とんぼ疲れしごとき朱なりけり
長谷川一枝
一斉に咲きマンションの金木犀
板垣もと子
掃き清められし路地裏菊日和
矢澤真徳
初鵙や朝日に染まる枝先に
三好康夫
数珠玉てふ響きを舌に転ばせり
(数珠玉てふ響きを舌に遊ばせり)
田中優美子
海岸へ一本道や秋夕焼
(海岸へ一本道や秋夕焼け)
鎌田由布子
数珠玉を宝石のごとしまふ子よ
田中優美子
死神の付いて来るなり秋の陰
鎌田由布子
松山の城下をあげて秋祭
若狭いま子
爽やかやパン食ひ競争腰落とし
宮内百花
木犀や法然院に至る道
(木犀は法然院に至る道)
黒木康仁
見晴るかす水天一碧秋惜しむ
鎌田由布子
ジャンケンにまたも負けたり赤のまま
山田紳介
秋の灯や「むかしむかし」といふ酒場
小野雅子
秋深しリモートワークにも慣れし
(リモートワークにも慣れ秋深し)
鎌田由布子
秋の潮真青遊覧船真つ黄
鈴木ひろか
マンションのエントランスに虫の声
深澤範子
防人の越えし山坂草紅葉
牛島あき
鴛鴦のいさかひゐても絵のごとし
(鴛鴦やいさかひゐても絵のごとく)
荒木百合子
秋晴や集会のごと鴉群れ
五十嵐夏美
君去ればしきりに落つる木の実かな
山田紳介
残る虫賽銭箱にひそみゐる
千明朋代
栗を剥く紬の母の白寿かな
佐藤清子
なかなかに回らぬものや木の実独楽
小松有為子
木の実掌に言ふべき言葉選びをり
緒方恵美
畑中に滑走路延べ秋高し
藤江すみ江
少女らに記念日多し秋うらら
森山栄子
みちのくの空を風ゆく芒原
小野雅子
緬羊の尻まるまると秋深し
鈴木紫峰人
◆今月のワンポイント
「 消ゆ冷ゆ越ゆ老ゆ悔ゆ報ゆ燃ゆ甘ゆ」
ちょっと字余りの六七五ですが、ヤ行で活用する代表的な動詞です。
ヤ行上二段活用は「老ゆ」「悔ゆ」「報ゆ」の三語しかありません。
「消ゆ」「冷ゆ」「越ゆ」「燃ゆ(萌ゆ)」「甘ゆ」はヤ行下二段活用です。
ヤ行ですから、未然形は「老いず」「悔いず」「報いず」「消えず」「冷えず」「越えず」「燃えず」「甘えず」となります。
今回、「越へて」「消へて」と表記している人がいましたが、正しくは「越えて」「消えて」(ともに連用形)となります。
迷ったときは、終止形は何かと考えてみましょう。
井出野浩貴