コンテンツへスキップ

知音 2020年10月号を更新しました

夏炉焚く  行方克巳

母の庭荒れしままなる帰省かな

そのことに誰も触れざる帰省かな

夏炉焚くしばらくここにゐて欲しく

昨夜の蛾の吹かれ覆らんと歩む

あけたてのガラス戸に秋立ちにけり

荘出でし三歩に霧の深さかな

ほふしつくほふしつくとぞ昼暗し

月見草あしたの花として開く

 

鳳仙花  西村和子

夜蟬しづまらず疫病衰へず

秋の蟬午後は頭蓋に響きけり

アイスティー薄荷はかなき花うかべ

隼人瓜しやきしやき刻み口八丁

旋頭歌は覚え難しよ草の花

鳳仙花白は色水すきとほり

鶏小屋も縁も手作り鳳仙花

石けりに倦めば缶蹴り鳳仙花

 

◆窓下集- 10月号同人作品 - 西村 和子 選

人種的公正主張夏の夜
谷川邦廣

つきあうてやるか天道虫の擬死
井出野浩貴

峰雲を背負ひて育てて羅臼岳
中川純一

天道虫星二つとは大胆な
高橋桃衣

七月や心岬に遊ばせて
米澤響子

冷やつこ今日の夕餉も独りぼち
山田まや

相部屋の誰も目覚めずはたた神
植田とよき

洗面器ひとまづ金魚遊ばせて
井戸ちゃわん

お金持ち夢見る少女小判草
前山真理

くりかへしファーブル読む子梅雨深し
牧田ひとみ

 

◆知音集- 10月号雑詠作品 - 行方 克巳 選

母ほどの美人に遭はず目高飼ふ
中川純一

サンドレス揺らし電話にうなづける
𠮷田林檎

裏木戸を開ければ異界七変化
原田章代

アイスキャンデー母さんに又かじられて
井川伸造

梅雨寒やテレビ会議の面やつれ
中田無麓

格納庫開くかに翅天道虫
谷川邦廣

廃線のレールここまで草いきれ
島田藤江

片かげりよりチーターの窺へり
小林月子

蚊帳を吊る母に纏りつきしころ
岡村紫子

軽鴨の首の生傷目の野生
岩本隼人

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳

兄弟の喧嘩にラムネ割つて入る
中川純一

つまらないことで年の近い兄弟は喧嘩をするものである。
弟の方がうんと負けず嫌いだと、争いはなかなか収まらないで、激しい取っ組み合いになったりするのである。そういう時に、二人にとって親友である少し年長な子が仲裁に入る。
たまたま飲みかけていたラムネ壜を摑んだままで、「よせよせ」とばかり二人の間に割って入ったのだ。勿論「入る」の主語はラムネではなく、仲裁に入った人物である。手際よく省略された一句。まさか、ラムネ壜を割って喧嘩に加わったなどと考える人はいないでしょうネ。

 

毒のなき言葉寂しきゼリーかな
𠮷田林檎

ゼリーのスプーンを口に運びながら、当り障りのない会話をしている二人ーー。
結局その時間は只の空しい時間のロスとしか思えないのである。毒という語は真実ということに通じる。詩もまた然り、毒のない俳句はつまらない。

 

黒揚羽むかしの彼とすれ違ふ
原田章代

私の大学生の頃のこと、池田弥太郎先生が、黒揚羽に遭遇したその直後、折口信夫の訃報が届いたという話をしたことがある。林中で突然目交を過って飛んでいく黒揚羽は、何か魂を寒からしめるものがある。飛び去った黒揚羽にふと昔の男を感じ取った作者の思いも、それに通じるものがある。
黒揚羽は、すれ違っただけで引き返しては来ないーー。