飛礫文字 西村 和子
虚子ここに住みし証の露の石
草の花ここらも虚子の散歩道
色変へぬ松を誇れり五山二位
道場の墨痕難解無窻の忌
飛礫文字めく初鴨の十あまり
身に入むや無相無願に遠くして
なからひのほどもいつしか秋深し
秋深し思ひ至りし師の言葉
いやいやいや 行方 克巳
一瀑に億年添ひて滴れる
草の花十五の我に涙して
雑草といふ草々のもみぢかな
草の絮風のくちづけいやいやいや
千年の窯のほとぼり秋気澄む
寝転んで運動会の空青し
運動会赤んぼ手足ばたつかせ
素十忌や明鏡止水ならずとも
◆窓下集- 12月号同人作品 - 西村 和子 選
夜の森に呼ばるる思ひ夏休
井出野浩貴
覚えある声に振り向き銀座秋
くにしちあき
涼しさや畳廊下に足投げて
島田藤江
保険証忘れて戻る炎天下
中野トシ子
青りんご段丘縫うて千曲川
井内俊二
秋風や母の鉛筆みな小さく
高橋桃衣
野分あと波に被さる波の音
松井秋尚
花木槿一人はなれて下校の子
竹中和恵
岩の間を落ちて滑つて滝の音
岩本隼人
眼まだ生きてゐるなり背越鮎
吉田林檎
◆知音集- 12月号雑詠作品 - 行方 克巳 選
鮭帰り来る大いなる雲の下
中川純一
引鶴や昨夜より海荒れしまま
難波一球
秋暑し学生街のラーメン屋
國司正夫
夜の秋やエンドロールのみな鬼籍
清水みのり
吾亦紅希林ドヌーヴ同い年
下島瑠璃
ゆく夏の江戸千代紙の紺深し
島田藤江
浜の名をシャツに染め抜きサングラス
井内俊二
夏風邪のわがまま言はぬこと不安
菊池美星
ジュラルミンケースの弾く残暑かな
鴨下千尋
見かけない顔だと金魚上目遣ひ
小池博美
◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳
鮭の屍に蟹の這ひ寄る渚かな
中川純一
鮭の生涯で最も重要であり、かつ困難な世代の受け継ぎという大業をなしとげた彼らは力尽きて水際に浅瀬にその屍を浮かべる。つつつと這い寄って行くのは数多の蟹である。こうした食物連鎖があるからこそ、自然界の生物は命を継ぐことが出来るのである。一句、見たままを述べただけであるが、自然界の大きなテーマに迫るものがある。
樺太の真つ暗闇へ鴨帰る
難波一球
鴨の一隊が北を指して帰って行く。鴨の行く手にはただ深い闇が横たわっているばかりである。どれほど大変な旅をしてでも、彼らは帰って行くのである。大自然の摂理に従うまでのことではあるが、また、そういう自然界の掟が崩れることは、地球環境の劣化につながることでもある。
最近地球上の多くの動植物が絶滅しつつあるという。その多くの原因はヒトの仕業による。
秋暑し駅の牛乳一気飲み
國司正夫
駅のホームにあるミルクスタンドである。私はこの句を読むなり思ったのはJRの秋葉原駅のそれである。かなり遠くの地域の牛乳がそこには並んでいる。なつかしい牛乳壜に直接口をつけて飲む牛乳はまことにうまい。