摩文仁 西村 和子
夏酷し礎(いしじ)にひざまづく人ら
黒南風や平和の礎盾として
沖縄忌近き岬へ波咽ぶ
梅雨曇かの日も潮の烟りけむ
少女らへ供華の白百合仏桑華
ひめゆりの塔の壕(がま)より黒揚羽
草茂り戦跡覆ひ尽せざる
月桃の莟なみだのしたたるか
蚯蚓鳴く 行方 克巳
天際に鬩ぎ止まずよ今年竹
大蟻が小蟻を口説く神妙なり
鬼子母神裏の抜け道蚯蚓鳴く
蚯蚓鳴く母へもたらす何もなく
誰かゐる誰かがゐない五月闇
バナナ食ふときの彼女を盗み見る
令夫人なるべしバナナ食ふときも
籠枕大往生を疑はず目を凝らすなり独房の春の闇
◆窓下集- 8月号同人作品 - 西村 和子 選
初夏やペルシャの壺は海孕み 高橋桃衣
空飛べぬ鳥にも翼五月来る 井出野浩貴
蝶々の絶えず高倉健の墓 藤田銀子
鳥雲に入る真つ新なパスポート 井戸ちゃわん
革命歌聞こゆ五月の石畳 くにしちあき
指笛を吹くやも知れぬ古雛 岩本隼人
瞑れば船の残像夏来る 大橋有美子
総展帆五月の空へ羽撃きぬ 影山十二香
ものの影匂ふがごとき五月かな 佐貫亜美
放心の時ありてこそ湯屋の春 大黒華心
◆知音集- 8月号雑詠作品 - 行方 克巳 選
レフ板に輝く新婦糸桜 井内俊二
手を摩るだけの看取りや若葉雨 前山真理
江ノ島をはみ出してゐる緑かな 久保隆一郎
お早うの声の眩しき更衣 松井秋尚
かんなぎのゑくぼの深き花鎮め 島田藤江
初夏のトートバッグのフランス語 中川純一
街騒のふと止み梅花空木かな 原川雀
花は葉にかくて光陰流れけり 立花湖舟
武者人形のやうな顔して抱かれゐる 井上桃江
何もをらぬ池と思へば水馬 笠原みわ子
◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳
レフ板に輝く新婦糸桜 井内俊二
糸桜が咲く庭園で、花嫁が記念撮影をしている。レフ板を用いての本格的な撮影である。レフ板が時折きらりきらりと反射して輝くのだが、そのレフ板に照らされた花嫁はもっと輝かしく見える。新婦の喜びがレフ板によって強調されるかのようである。
手を摩るだけの看取りや若葉雨 前山真理
何か病人の好物を持っていったり、あれこれと話をしたりして慰めることはもう出来なくなった病人である。だから看取りといっても心をこめてその手を静かに摩ってやるのがせい一杯なのである。病室の窓には若葉の色を際立たせて雨が静かに降り続けている。
江ノ島をはみ出してゐる緑かな 久保隆一郎
作者の位置は江ノ島からそう遠くはなく、また近すぎない所にある。海上の1つの島がモチーフになっている一枚の絵がたちまち眼に浮かんで来た。茂った緑がはみ出しているという把握はまことに単純化が効いていておもしろい。俳句はこのようにシンプルでしかも印象的にものごとを述べることが出来る文芸なのだといういい例として紹介したいと思うのだ。