窓下集 - 4月号同人作品 - 西村和子 選
霊験を潜めて暗し冬の水 石山紀代子
寒鴉犯行現場にはや戻り 久保隆一郎
霜柱母の裏木戸開いてをり 井出野浩貴
聖夜守る燭一灯に心こめ 江口 井子
初刷の瓦礫の街の母と子よ 島田 藤江
落花浴びつつぼんぼりを外しをり 栗林 圭魚
道草の好きな男の冬帽子 天野きらら
雪空を翔け抜けたるは鷲ならむ 中川 純一
木の葉散り止み朝香宮邸昏し 高橋 桃衣
冬薔薇革命は死後なりや否 中田 無麓
知音集 - 4月号雑詠作品 - 行方克巳 選
トロ箱を顔で抱へて市師走 小野桂之介
ベランダに続く枯野の先に夫 加藤 爽
父に似し眉根のきゆと年酒酌む 上野 文子
冬帽子アルザスの旅なつかしき 江口 井子
初富士にまづは立礼朝稽古 志磨 泉
去年今年厄病神と肩を組み 久保隆一郎
小熊手をななめに翳し選びけり 前山 真理
針仕事区切りのつかず日短か 千葉 美森
落葉降るなり落葉踏む音の中 田代 重光
初日の出待つ人影に加はりぬ 松井 秋尚
紅茶の後で - 4月号知音集選後評 -行方克巳
トロ箱を顔で抱へて市師走 小野桂之介
歳晩の築地市場界隈の嘱目であろう。糶り落とされた魚を並べたトロ箱をいくつも抱へて運んでゆく。何段にも積み重ね、それを抱えるのだが、胸のあたりにとどまらず、顔に達するまで積み重ねているのだ。中七の「顔で抱へて」はまさにその間の事情を的確に表現しているといえるだろう。
ベランダに続く枯野の先に夫 加藤 爽
ベランダの先が枯野に続いているというのは明らかに都会の風景ではない。どこか地方の荒涼とした冬野が連想されてくる。作者はその枯野の向うに夫の幻を見ているのである。どのような夫であったのか私の思いの及ぶことではないのだが、一句の趣からずいぶん色々なことがあったのだろうという推測はできる。ベランダという居住空間は、生活の一部である。そして、それに続く枯野にはさまざまな思いが去来する。しかし、その追憶のすべては枯野の向うに遠ざかろうとしているのだ。<霧襖きつと後ろに誰かゐる 爽>
父に似し眉根のきゆと年酒酌む 上野 文子
何だか頼りないと常々思っていた男の子が、いつの間にか成人し、妻を迎え、子供をなす。今は父の代りになって一党を率べてゆく技量さえ備えているように見受けるのである。改まって年酒を酌む、その引き締まった眉根がまさに父譲りなのである。