窓下集 - 5月号同人作品 - 西村和子 選
風荒ぶたび流氷の爪立ちぬ 高橋 桃衣
流氷のまざと裂けしが緑噴く 中川 純一
寒卵地軸あるかに傾きて 米澤 響子
鷽替や麻痺の右手を庇ひつつ 中野のはら
水天の藍色緩び春兆す 石山紀代子
ポケットに摑むものなく春寒し 天野きらら
料峭の古備前徳利首すくめ 植田とよき
金箔をわづかに残し壺寒し 吉田 林檎
バレンタインデー本命のチョコ小ぶりなる 松枝真理子
待春や雀荘古書店ペナント屋 志磨 泉
知音集 - 5月号雑詠作品 - 行方克巳 選
寒夕焼この世の末の色あらば 久保隆一郎
裏日本出でぬ一生鰤起し 石原佳津子
家中の闇は動かず春一番 矢羽野沙衣
酒蔵の醪つぶやき山笑ふ 帯屋 七緒
ぼろ市にぼろは買はねど無駄遣ひ 藤田 銀子
薄氷の端踏んで母癒ゆるなり 太田 薫
大火鉢旧知のごとく囲みけり 永井ハンナ
ディレクターチェアを庭に春隣 原田 章代
蕗味噌や銀シャリ眩しかりし頃 本宿 伶子
やはらかく闇うづくまる冬座敷 島田 藤江
紅茶の後で - 5月号知音集選後評 -行方克巳
寒夕焼この世の末の色あらば 久保隆一郎
すさまじさを覚えるまでの寒の夕焼が作者の眼前に広がっている。そしてその赤さは例えようもないほど澄みきっているのである。もしこの世の終焉というものに色があったとしたら、まさにこの色なのではないか、と思う。今までに何度か、寒夕焼の前に立ち尽くした経験が私にもある。ときにそれは暗黒と爛れるような赤の相剋の世界でもあり、澄み切った浄土を思わせるような景でもあった。私の知人の説によると、人類はあと百年のうちに滅亡するという。その時、作者の目にしているような夕焼の空がやはり広がっているのであろうか。
裏日本出でぬ一生鰤起し 石原佳津子
かつて太平洋側を表日本といい日本海側を称して裏日本といった。奇妙な平等意識で、現在では公的にはほとんど使われていないのが、裏日本という言葉である。しかし私は、何となくその言葉のイメージするところに共感を覚える。作者は、その裏日本を一生出ることはない、という。勿論現在では交通が発達していることだし何の気遣いもなく上京は可能である。しかし、一旦生活の基盤を裏日本と呼ばれる地に置いたら、それはかつでそうだったように生涯その地に根を下ろすことになるのは必定かも知れない。そして、その地には他にはない自然があり、生活があるのだ。鰤起しという季題が十分に生かされた一句である。
家中の闇は動かず春一番 矢羽野沙衣
外は春になって初めての南風(春一番)が吹き荒れている。しかし、家という空間に充ちた静寂は外の動きには何の影響も受けることはなく、 部屋部屋の闇はいよいよしんと静まりかえるばかりである。