窓下集 - 12月号同人作品 - 行方克巳 選

小さき子に小さき棺秋うらら
山田 紳介
枝豆やいつより夢を持たずなりし
高橋 桃衣
火祭や松明町を貫きて
江口 井子
秋暑しピンクの足の鳩嫌ひ
鈴木 庸子
毬栗や信玄棒道けものみち
安倍川 翔
墓守のきつねのかみそり苅らである
島田 藤江
曼珠沙華日陰の紅と日の朱と
小林 月子
長き夜やベッドの柵にしがみつき
山口 隆右
色鳥の飛礫きらきら生き交へる
中川 純一
祭の夜けふ友達にならうぜよ
原田 章代

知音集 - 12月号雑詠作品 - 西村和子 選

糸瓜忌や晩成の夢捨てもせで
竹本  是
秋霖や諦め切れぬことばかり
高橋 桃衣
終電車終バス継いで夜露踏む
月野木若葉
熱弁の声裏返り汗飛ばし
米澤 響子
太陽系大三惑星星祭
井出野浩貴
装束をまとひ鵜匠の闇と化す
小沢 麻結
爽やかや阿呆かと肩を小突かれて
吉田 林檎
虫時雨灯の見えてより村遠し
前田 星子
露草や里なきものと言ひ聞かせ
津田ひびき
拳骨が飛びぞ飛ぶぞと夏休み
小澤佳世子

紅茶の後で - 12月号知音集選後評 -西村和子

糸瓜忌や晩成の夢捨てもせで

竹本  是

 正岡子規は三十代半ばで逝ったにもかかわらず、日本の文学史上に残る大きな業績を残した。わけても俳句の世界における彼の存在は大きい。同じ俳句の道に志して、夢を抱きつつ作句を続ける私たちは、時折、子規の早逝に較べて、我が身の文芸の貧しさを省みて、忸怩たる思いに粗とらわれることがある。
 そんな思いを実に鮮やかに言い得た句だ。子規の享年をはるかに越えて、その倍も生きているにもかかわらず、何と我が身の菲才であることか。しかし、唯一の慰めは「大器晩成」という言葉。夭逝の天才を讃える私たちの心のうちには、晩成の夢が残されている。その夢を「捨てもせで」と、未練たっぷりに読んでいるところがいい。自嘲の思いも含まれているが、お互いに、そう思いつつ作句を続けてゆこうという共感も呼ぶ。

秋霖や諦め切れぬことばかり

高橋 桃衣

 秋の淋しい雨が降り続く日々、つくづく来し方を振り返ってみた本音が出ている。行動的な作者であるだけに、こんな思いもあるのだ、と胸をつかれた句。どんなに実行力がある人でも、ある年齢に達すると、我が身の限界を知らされる時がある。若い頃は、あれもできる、これもできる、こうもしたい、ああもしたいと、自分の可能性を信じ、手応えも感じてきた。還暦を過ぎた人生の実感と言えよう。
 人は、やればできると思っていたことの、何分の一しか実現できずに老いてゆく。今までできたことさえ、できなくなってゆく。そんな情なさを噛みしめつつ、体力と気力の衰えを受け入れざるを得ないのだ。あれもしたかった、こうもできたのに、と、諦めきれないことばかりを思いつつ、秋の長雨を過ごしている。そうして自分と折り合いをつけてゆくのだ。こうした本音を、もっと俳句に託してみてはいかがだろう。そうすることで、諦めがつくということもある。

終電車終バス継いで夜露踏み

月野木若葉

 働き盛りの句。終電の終バスを乗り継いで、すでに夜露が降りた道を辿って帰宅する。そんな多忙な日常の中で、こうした句が生まれたことを喜びたい。朝から晩まで頭の中は仕事のことでいっぱいにちがいない。しかし、一日の仕事が終わって、家路を辿る時、ふと心に句ごころが生じた。
 現役のビジネスウーマンである作者の作品は、いつも生き生きしている。実業の世界で活躍している人の心に、句ごころが生まれる瞬間に立ち会う思いがする。働き盛りの今しかできない句を、大いに見せていただきたい。