窓下集 - 11月号同人作品 - 行方克巳 選

夏大根一本抜けば闇ひとつ
山口 隆右
絶筆の道化師像とわが晩夏
島田 藤江
歩をゆるめたるにはあらず蝸牛
立花 湖舟
秋扇おつと口止めされてゐる
染谷 紀子
閻魔詣地獄に知辺多からむ
吉田あや子
飼ひ主に吠えてどうする秋暑し
久保隆一郎
あめんぼう私も流されて生きる
小林 月子
鈴虫の夜やしばらくは本を閉ぢ
江口 井子
ドルチェ眠り六月のバースデーケーキ
鈴木 庸子
炎昼や待たせる女待つ男
藤田 銀子

知音集 - 11月号雑詠作品 - 西村和子 選

曝涼の片隅に置きカストリ誌
米澤 響子
白シャツの学食の壁に向きひとり
影山十二番
今のとこ元気と答へ泳ぎけり
中野のはら
こんなにも詰めこみ母の冷蔵庫
井出野浩貴
鍛へたる咽ここぞと踊歌
江口 井子
井戸水を打つて整ふ踊の場
島田 藤江
葭切の右向け右と鳴いてゐる
谷川 邦廣
がちやがちややいつよりここの家不在
小沢 麻結
残業はまつぴらごめん更衣
岩本 隼人
翡翠の水面の影の透きとほり
石山紀代子

紅茶の後で - 11月号知音集選後評 -西村和子

曝涼の片隅に置きカストリ誌

米澤 響子

 京都の糺の森では毎年お盆の頃、曝涼を兼ねた古書市が立つ。「曝涼」という季語には、古めかしい由緒ある衣類や書画などに風を入れるといったイメージがあるが、この句は、その片隅のものに着眼して、俗なる俳諧味を出した。
 「カストリ」とは、米や藷から急造した粗悪な密造酒のことだが、三合飲んだだけで酔いつぶれる、という意味に掛けて、第二次大戦直後のいかがわしい大衆雑誌を、三号でつぶれるからこう呼んだ。今ではそんな粗悪な出版物も、時代を反映した意味ある資料といういわけか、古書市の隅に置かれてある。稀なものには値がつくものだ。清濁併せ呑んだ古書市の様が描かれていて興味深い。

白シャツの学食の壁に向きひとり

影山十二番

 学生食堂の青春群像の中に、たった一人壁を向いて黙々と食事している白シャツの青年。夏休みも近い学生達は、楽しげに明るい声を上げているだろう。それだけにまわりの雰囲気にとけこめない一人が気になる。そんな存在に目を止め、心惹かれている作者には、その背中に共感するものを覚えているのだ。

今のとこ元気と答へ泳ぎけり

中野のはら

 「今のとこ元気」という口語調といい、泳ぐという季題といい、健康的で何ら暗い陰など表面にはない。しかし、心して読んでみると、今のところは元気、という裏に、健康に対する不安感が覗く。今は元気だから泳いでもいるが、以前は病気だった。それを知る人が、心配してその後どうかと問うたのだろう。
 俳句は短い文芸なので、過去やいきさつを述べることができない。しかし、切り取り方によって、その背後にある事情や、心の底にある不安な思いを、言外に語ることができるのだ。