窓下集 - 8月号同人作品 - 行方克巳 選

花に雪人惑はせし昔あり
吉田あや子
睡蓮のやうにすつきり目覚めたい
山本 智恵
フォアボールまたフォアボール苜蓿
井出野浩貴
朝雲雀母の白寿を触れ回り
山口 隆右
軽暖のピエロと交すフランス語
中川 純一
春の河馬顎もおなかもさくら色
板垣もと子
父の背の日向のにほい麦藁笛
小澤 麻結
たんぽぽの草笛吹けばほろ苦し
谷川 邦廣
一代に終る生家や夏みかん
森山 淳子
鶯の来鳴きて尼将軍の墓
前田比呂志

知音集 - 8月号雑詠作品 - 西村和子 選

さくら描くパレットに青絞り出し
島田 藤江
牛乳瓶出して夜気まだ暖かし
磯貝由佳子
ライ麦パン苦し五月の風あまし
井出野浩貴
はつ夏の人見るためのカフェテラス
中野のはら
庄内のひとと睦みて花三日
江口 井子
水音のあればさらなり夕桜
石山紀代子
父在らば筍ごはん豆ごはん
小池 博美
高杯に道喜の粽運ばるる
鴨下 千尋
谷若葉鶸色さ緑利休色
大野まりな
雪掻きや女所帯の道細き
加藤  爽

紅茶の後で - 8月号知音集選後評 -西村和子

さくら描くパレットに青絞り出し

島田 藤江

 工夫の凝らされた句だ。今咲いている桜そのものを言葉で描くというのではなく、その桜を描く画家の行為を写し取って、間接的に桜を写生した句である。ふつうなら桜を描くのに選ぶ色はうす紅、夜桜を誇張するなら白、銀色あたりだろう。しかし、この句は「青絞り出し」と、青のチューブを選んでいるのである。水彩か、油絵か、その色に意表をつかれる。
 では、眼前の桜はどんな様子なのだろう。青の翳りを帯びているのだろうから、夕桜か。読み手の眼裏には、かつて見たさまざまの桜が甦る。あるいは、晴天の桜の美しさを引き立たせるために、青空の背景を描くための青かも知れない。いや、それでは青の陰翳が生きない。「青」とひと言で言っても、青にも色々ある。読む者の想像力に挑んでくるような句だ。

牛乳瓶出して夜気まだ暖かし

磯貝由佳子

 牛乳瓶を出す、という行為は、今日一日の終わりを示すと共に、明日の朝の牛乳配達への期待がこもっている。食器や鍋などすべて洗い終えて、牛乳瓶を濯いで外へ出す。それで一日の台所仕事が終了する。
 最近はスーパーで紙パック入りの牛乳を買うことが多くなったが、以前は各家の勝手口に、牛乳配達用の小さな木箱がとりつけられていたものだ。朝は町内を巡る牛乳配達の音で町が目覚め、朝刊と牛乳を取ってくることで家々の朝が始まったものだった。あの、朝の配達の瓶の触れ合う音が懐かしい。空の瓶を木箱に入れる時に、夜のごとりという音も。
 主婦の一日が終わり、後かたづけの最後に牛乳瓶を出しに外に出た。夜気に触れた時、それが「まだ暖か」と感じたのは、春もたけなわの気候になったことを体感したのだ。昨日までは、夜はまだ寒かった。本格的な春はまだ遠い、と感じていた。しかし、今夜はこんな時間でもまだ暖かい。しばらくその夜気の中に佇んでいたことだろう。句ごころはこんな時に訪れるものなのだ。ある日ある時の季節の実感を確かに受けとめた句だ。

はつ夏の人見るためのカフェテラス

中野のはら

 路上に張り出した席のあるカフェテラスは、緑が美しい季節には風も心地よく、明るく、格別な空間と時間だ。路上を行き交う人々から見える席なので、自分も町の一景となった気分がする。本来は風の匂いや、木立の騒めき、街騒、囀の声などを楽しむ席だが、「人見るための」席であると言い切っている点が楽しい。
 夏とか冬の気候が安定してしまうと、町ゆく人々の服装や持ち物も定着してしまうが、「はつ夏」という、新しい季節の兆が表われる頃というのがこの句のポイント。たしかに立夏を過ぎて間もない頃は、人々の服装も変化に富んでいる。軽快な半袖もあれば、まだ春コートをはおっている人もいる。すでに真夏のタンクトップや半ズボンという姿も。靴もブーツからスニーカー、サンダルまで。持ち物の色も派手になって軽やかで楽しい。