窓下集 - 5月号同人作品 - 行方克巳 選

失敗の手品に喝采年忘
難波 一球
寒月の癌病棟を照らしをり
馬場 白州
猫の寿命己れの余生冬日向
小倉 京佳
寒満月不老不死とは恐ろしき
鈴木 庸子
氷海の亀裂の鬩ぎつつ呑まれ
中川 純一
雪折のなほ咲き競ふ梅の花
中野トシ子
一茶忌の雪ばんば飛ぶ寺に句座
髙橋 時枝
富士そばだつ新年号の表紙かな
雑賀   遊
打ち寄せて心もとなき春の波
石山紀代子
監督の日向ぼこしてゐるやうな
井出野浩貴

知音集 - 5月号雑詠作品 - 西村和子 選

読初は刷り上がりたる初句集
山口 隆右
受験生寝ぐせの髪を掻き回し
石山紀代子
磯の香を椀に浮かべて雑煮かな
菊地 美星
御慶そこそこ赤んぼの顔覗く
影山十二香
息子より娘が頼り木の葉髪
千葉 美森
立ち上る煙の固く春寒し
大橋有美子
跡取りの仕事見ぬふり冬帽子
難波 一球
まけとくで声怒らせて果大師
中田 無麓
鶴橋の魔境に入りて冬ぬくし
津田ひびき
菓子折にまで春聯の仰々し
廣岡あかね

紅茶の後で - 5月号知音集選後評 -西村和子

読初は刷り上がりたる初句集

山口 隆右

 いかにも初々しい句だ。「初」という字が二度使われているが、それぞれ意味がこめられている。「読初」は、今年ははじめて読む本、「初句集」は自分のはじめての句集。処女句集とも言うが、男性にはこの言葉を用いるのは抵抗があるのだろう。刷り上がったばかりの我が第一句集を、今年の読初にできるとは、幸せな巡り合わせと言えよう。
 新春に、『蜜柑顔』を上梓したばかりの作者。それを手にとって、出来栄えを楽しんでいることが伝わって来る。新年の季題によって、改まった心持ち、新たな思いも読み取ることができる。これを機に、新しい意欲をもってますます俳句に打ち込んでゆくことだろう。

磯の香を椀に浮かべて雑煮かな

菊地 美星

 嫁した女性にとって、雑煮は特別の意味がある。多くの男性にとっては、雑煮は生まれ育った土地と固く結びつき、生涯同じ味で正月を迎えるものである。
 しかし、女性にとっては結婚して初めての正月の雑煮は、昨年までのものと全く違う。雑煮を作る時、食べる時、自分が嫁したことを最も実感した、と言っても過言ではない。作者は群馬の生まれである。山の幸たっぷりの雑煮で育ったに違いない。山国から佐渡に嫁して住みついて数年、磯の香の雑煮にも馴染んだ頃だろう。「椀に浮かべて」の表現は、自ら雑煮を作ってよそっていることを示している。雑煮椀に仕上げに浮かべたのは海苔だろうか、その香りが漂ってくるような句だ。

息子より娘が頼り木の葉髪

千葉 美森

 初老を迎えた母親の本音だろう。息子にも娘にも同じ愛を注いで育て上げた。しかし成人してそれぞれ家庭を持つと、我が子と言えども自分の人生があり、そうそう親と共に過ごす時間があるわけでもない。それはそれで頼もしいことなのだが、我が身の衰えを感じはじめると、娘の方が頼りになるというのは、母親の偽らざる心情だろう。
 この句は「木の葉髪」という季題を、深く味わうべきである。人間の髪は初冬に多く抜けるというわけではないのだが、こうした季題が落葉の季節にあるということ、人生の初冬を意識する思いと響き合う。この句は「頼り」は、実業とか、お墓とか、贈与とか、そういうことに関わるものではなく、母親の心情的なものである。日常のささいなこと、服のこと、食べ物のことなど、何の気兼ねもなく話せるのは息子より娘だ。木の葉髪に、やや老後の不安が兆した時の作と見た。気弱になった時の本音と言えるかも知れない。俳句に本音が出て来たということ、句境の進展を表わすものでもある。